第5話 未来
月曜日の朝が来た。有紀の昼寝の時間が来て、寝かしつけると自然にテレビがつき、博士が画面に現れた。
「夢都さん、こんにちは」
「こんにちは、憧夢博士。失礼ですがお歳はおいくつですか。私は30歳です」
「私は40歳です」
「御若く、見えますね。私と変わらないと思いました」
「ありがとうございます。夢都さんも御若いですよ」
「ありがとうございます。言わせちゃった感がありますかね」
「でも、宇宙では年齢は関係ないでしょう。会えるとしたら、地球から一番近い恒星でも7万歳にはなりますか。無理ですね。何世代も掛けないと会えないですから。我々の科学でも、生身の人間をテレポーテーションは出来ません。物質は情報さえ伝えればテレポーテーションできます。物質を構成しているのは粒子が持つ情報ですから。こうして会うと、距離は関係ないですね」
「テレポーテーション、出来るのですか」
「地球でも実験が成功していますよね。
エンタングルメントの仕組みを活用した実験です。絡み合う光子のペアを作り出して、このペアの光の粒子を遠くへ引き離し、残した光子にテレポートさせる三つ目の光子を合体させ、情報を伝えると、引き離された光子が瞬時にして、三つ目の光子のコピーへと変化します。しかし、粒子が空間の別の場所に瞬間移動するわけではありません。
エンタングルメントという名前が付いているのは、もつれの意味で、量子もつれの関係にある二つの量子のうち一方の状態を測定すると瞬時にもう一方の状態が確定することからです。
宝くじの予測も量子コンピュータを使いました。粒子は“ある場所にいる状態”と“別の場所にいる状態”が重ね合わさって共存している状態でいます。つまり、同時にあちこちに存在しうる粒子の性質を利用し、あらゆる可能性を同時に調べ、正解を瞬時に見つけることができるのです。地球では、量子コンピュータの性能はまだまだですね。
地球でも量子力学の理論を活用した発明品として、CDプレーヤのレーザーや集積回路、磁気共鳴画像装置(MRI)など電子工学の幅広い分野で誕生しているのは承知しています」
「やはり、他の惑星を侵略できるだけの科学技術があるのですね」
「情報で異星に基地を作ることは出来ます。それに、異星人に科学を伝えて、支配することだってできると思います。
私の所属する秘密結社は、現在、20人のグループで形成されています。引退する時は、別の人物を推薦します。そして、代々継続していく仕組みになっているのです。20人のメンバーはいろいろな職業に就いています。
秘密結社の創設者は、科学技術の行く末に疑問を持ち、正しい発展を遂げる事が未来につながると考えました。これは、独りでは抱えられない問題なのでグループで担って行こうと決めたのです。
行き着いた答えは、我々の星以外に、高度な技術を伝えることです。その星は、まだ戦いの歴史が始まっていない星です。戦いは、歴史に禍根を残します。みんなが、協力し合って平和で豊かな世界を築くことが願いです。
歴史は変えられませんから。歴史の中でいろいろなわだかまりを残さないためにも、ゼロからの出発ではなく、一からの出発以上の完成された時代から未来へ進んで行ってもらいたいのです。いくら高度な技術を持っていても、人々が幸せを感じられない世の中では何のために生きているのか分かりません。
我々の先輩方が、70年前に一億個もの絡み合う粒子を10機に分け、飛ばしました。その内の一機が小惑星に衝突してばらばらに飛び散り、偶然にも夢都さんに宿って、遠く離れた惑星同士で会話ができているのです。
我々が見つけた星は、時代を遡るかのように地球でいうと、恐竜が全盛の星、氷河期が終わろうとしている星、人類が誕生している星、メソポタミア文明ぐらいの星、産業革命が起こったぐらいの星、現在の地球ぐらいの星が2個です。
我々の恒星には他に住める惑星がありません。太陽系にもありませんよね。天の川銀河には数千億個の恒星がありますが、人類が住める星と分かったのは、地球のほかに6個しか見つかっていません。
それ以外にないという訳ではないのでしょうが。絡み合う粒子が飛来していないということもありますが、灼熱地獄で燃え尽きたか、極寒で生物がいないかして、追求できなくなっている粒子もあります。
我々がタイムマシンの役割をしているようなものです。一番いい時代に、我々の高度な科学技術を伝える事ができるのです。宇宙はどこまでも広がって行きます。
科学や経済で星を滅亡させるのは避けたい。宇宙の中で、“偶然”にも誕生した星なのに、もったいない限りです。我々の意志を継ぐ、星を探して科学技術を伝えて、人々が誇れる星を建設したいのです。我々はこの宇宙の礎になります」
と、博士は熱く語った。
「歴史はいろいろな問題を抱えてきました。科学は、経済や戦争で発展してきたことはいなめません。使い道を間違えると悲惨な事になりかねませんね」
と言い、夢都は日本や世界の現状を思い浮かべた。
「地球は、1億年前に恐竜の全盛期、約6550万年前に全生物の大量絶滅、北京原人の誕生が約50万年前、ネアンデルタール人の誕生が約23万年前、マンモスが現れたのが約15万年前、ホモサピエンスの誕生が約10万年前、クロマニヨン人が誕生したのが約5万年前、農耕革命の起きる新石器時代が紀元前7000年から紀元前1700年頃、ソポタミア文明が紀元前3500年頃、産業革命が1837年、そして現在。そんな時代のどんな時代に高度な科学技術を伝承したら最高なのでしよう」
と、博士は言った。
「すばらしい事業ですね。それが、地球だったらいいのですが」
と、夢都は願いを込めて言った。
「現在はインターネットで世界はつながっています。そして、この宇宙の中はエンタングルメントで通信が可能になれば、移動できなくても分かち合えるはず。しかし、地球の現状では我々は情報交換できません。平和利用されるとは思えないからです。
夢都さん、私の話は口外しない方がいいです。受信装置として、利用されるかもしれません。忘れてください。しかし、何代か後に、また地球人にコンタクトするかもしれません」
と、博士は期待を込めて言った。
「もう会えないのですか」
と、夢都は寂しげに言った。
「衛星や惑星そして私達も電子から出来ています。何が起きてもおかしくないのです。我々はこの宇宙の一員です。“偶然”にいつの日か、絡み合う粒子が体内に宿り、時空を超えて宇宙人がささやくかもしれません。短い日々でしたが地球を観賞できました。理想の星の建設に役立たせていただきます。さようなら」
と、颯爽と去って行った。
「さようなら」
と、夢都は永久の別れを告げた。
そして、夢都は“偶然が世界を支配している”という事に、思いを馳せた。
偶然が世界を支配している 本条想子 @s3u8k
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