第6話

 学園イチバンの太い幹を持つ桜、通称ユグドラシルの咲く中庭で私は先輩を呼び出した。今日の日はサヨナラ、明日にはもうここにいない彼女。えるぱらいそ解散の日から交流することも許されなかった。しでかした事態を思えば有情とも言えたが私にとっては楽園追放。同じ学舎にいるはずなのに他の先輩達もどうしているかさえ知らない。一説では蟹工船だかエスポワールだか船に乗せられて人生を賭したとも言われているが定かではない。けれどなんとかカエデ先輩だけは様々なツテを駆使して今日にこぎつけた。その為ならなんだってやった。コンビニバイトから運び屋から何から。依頼は一件も来なかったがアサシンをクリードするつもりでもいた。教頭のベンツに油マジでトランスフォーマと書いた。立派な脅迫だ。私の手はすっかり汚れてしまった。けれどそれも全てはこの日のためにしてきた誤ち。それでも後悔はないとそう言いたかった。先輩は、兎姫田カエデは今日卒業してしまうのだから。


「紺藤くん、久しぶりだね」

「お久しぶりです」

「君と私が会うことは咎められていたはずだね。実名を挙げて校則にまでなった」

「学園反逆罪ですよね。無論承知しています。でも」

「でも?」

「先輩は今日卒業しちゃうから! だから今日だけは!」

「落ち着きたまえ。そうだね。確かに今日罪を犯しても明日には部外者か。さみしくなるね」

「こっちのセリフです。残される者への配慮が足りてません。どうして貴女はロミオなの」

「違うよ。私は兎姫田だ」

「違いません! 貴女はいつも私の王子様でした。女同士なのにって思いますか? 全然変なことじゃない。私はずっと……ずっと貴女のことが、す す ッ す」

「ツバキ」

 あかん。この女、ワイを殺す気や。ここでアンダーネームはワイを、ワイは猿や。都合のいい猿や。

「私も君のことが好きだよ」

 ずるい。

「でもそれは人として、そして友として」

 ワイは猿や。

「だから……すまない。私は君の気持ちに」

「ここでキスして」

「困らせないでほしい」

「ここでキスして! キスしてキスしてキスしてbot!! 私は諦めたくありません! 先輩のこと! お願い。お願い……します」

 だめだ。泣いちゃう。

「ツバキ」

 先輩は慣れた手つきで親指を私の目元に当てて優しく涙を拭った。それでわかった。この人にはきっと、もっとたくさんの私みたいな人がいたんだ。私は全然特別じゃなかった。いつから錯覚していた。私がまるで兎姫田カエデにとっての特別だと。彼女は何よりも柔い唇をそっと額に当ててくれる。

「私のことを呪うかい? 構わないよ。君はきっとこれから本当の幸いを知る。だから私は君にとっての呪いさ。いつか消える頼りない呪い」

「……狡すぎます」


 振り返ってみるとあの日ほど悲しかったことはない。その後の私は空っぽで無気力な日々が続いた。よくよく考えてみたら先輩が言ったことはちょっと意味がわからない。でも随分と突き刺さった。その得体の知れなさから立ち直れる気がしなかった。空虚な日々を過ごす中で私はもう生きる意味さえ見失っていた。そんな時だった。学園に船が座礁したのは。

「うーす 久しぶりツバキっち」

「菊森先輩、マヂで船に乗ってたんですね。てかどうやって。ここ海ひとつない山ですよ」

「そこは平子ちゃんのオーバーテクノロジーよ。おい! 燃料焚け! 出力足りてないぞ野郎ども!」

「もしかして咲洲先輩ですか?」

「留年したからね。今じゃタメよ」

「タメじゃあないでしょ。これからどうするんですか?」

「どうするって、そりゃグランドライン目指すっしょ」

「何言ってんだ」

「迎えにきたんだよツバキっち。あちしら仲間だろ?」

「菊森先輩ってほんとバカですよね」

「しけたツラしてねえでさ。乗るの? 乗らねえの?」


 私のユリイカ。花言葉は最後の恋。でも後悔はない。私は最後の最後で想いを伝えられた。自分を出せなかったあの日の頼りない私はもういない。だから後悔はない。これからは航海の時代だ。ですよね。カエデ先輩。私の大好きな人。

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私のユリイカ るつぺる @pefnk

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