第22話 気合いを入れ直す
気合いを入れ直す。
深呼吸して、両手で自分のほおをパチンとたたいた。
「よし!」
いまからドノバンと話をするんだ。
ドノバンには嫌味や文句を繰り返し言われてきた。これくらい気合いを入れないと話しかける気になれない。
ガーネットが不安そうに言う。
「ヒカリ、わたしも付いていこうか?」
「ガーネット、大丈夫だよ。一対一のほうが話を聞いてくれると思うんだ」
朝食の後、みんなが一日の活動を始めようというタイミングだった。
ドノバンはこのあと狩りに出かけるらしく、猟銃などの装備を机に並べている。
わたしが近づいて声をかけると、取り巻きのクロッスやウエッブが不審がった。わたしが悪だくみを考えているかのような警戒ぶりだ。
ドノバンも顔をしかめたが、ただごとではないと感じたらしい。クロッスとウエッブを押しとどめると、黙って立ち上がり、わたしについてきた。
わたしはドノバンを連れて甲板に出る。きょうは雲が多いので、幸いそれほど暑くない。
甲板の手すりから海を眺めるわたしに、ドノバンが腕を組んだ姿勢で言う。
「何の用だ? さっさと話をしろ」
まったく、こいつは。何気ないひとことが何でこんなに偉そうなんだろう。話す気がなくなりかけたが、がんばって気持ちを奮い立たせる。
「相談があるんだ」
そんな風に切り出した。
モコへのみんなの態度が気に入らないこと。
それを何とかしたいと考えていること。
モコが洗たくや掃除を全てやっていることに不満があること、などなど。
思いつくことをすべて言った。
ウィルコックスがわたしに「ドノバン以外には頼んでいないと言え」と念を押していたので、さりげなく付け加えた。
話が長くなってしまった。ドノバンが途中で話をさえぎるんじゃないかと心配したけど、最後まで聞いてくれた。
ドノバンは偉そうだが、人として基本的なエチケットはわきまえていると感じる。無法者ではない。育ちのいい坊ちゃんなんだろうなぁ。
ドノバンに比べるとブリアンはかなりルーズだ。たぶん、そういうルーズなところが、ドノバンがブリアンと仲良くなれない理由のひとつなんだろうね。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
わたしが話し終えると、ドノバンがため息をついた。
「何ごとかと思えば、モコのことか。お前は他人を気にする前に、もっと自分の立場をわきまえろ」
わたしはムッとして言い返す。
「それはそうだけどさ。今さら立場を言っても仕方ないでしょ。わたしはチェアマンの生徒じゃないけど。一緒に生活している仲間なんだから」
「お前が俺たちの人間関係を心配するのは筋違いだ。おこがましい」
「あっそう。心配してるのはモコのことだから。どうせドノバンのことは仲間だなんて思っていないし!」
言い返してから、しまったと思った。つい売り言葉に買い言葉になってしまう。ドノバンを怒らせて話がこじれることは避けたいと思っていたのに。
ドノバンはわたしを見据えると言った。
「話はそれで終わりか?」
「う、うん」
「わかった」
「あ、あのさ。わたし、これでも真剣に考えて相談にきたんだ。だから、ちょっとは考えてほしいなと……」
「わかった、と言った」
「え?」
「モコへの態度のことだろ? 何度も言わせるな」
「あれ、えっと。それはわたしの考えに賛成してくれるってこと?」
ドノバンはチッと舌打ちをすると声を荒げた。
「お前に言われたからじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「俺も気にはなっていた。ニュージーランドでも黒人やマオリ人への差別はさんざん目にしてきたさ。紳士のやることじゃない。お前に言われなくてもわかっている」
マオリ人というのは、ニュージーランドの原住民のことだ。
そういえば、ドノバンの口から「紳士」という言葉が出るのは二回目だ。決闘のときもそう言っていた。
ドノバンは背が高くて、ハンサムで、成績優秀で、何でもできて……。現代の言い方でいうと「カースト上位」だよね。
その強烈なプライドの根っこで「紳士でありたい」と思っているのかもしれない。「紳士でない自分が許せない」とでもいう風に。
ドノバンがふと思いついたようにわたしにたずねた。
「このことは他のやつにも頼むのか?」
「えっと、ゴードンには相談しようと思っているけど」
「じゃあ、みんなにはゴードンが伝えるだろう。クロッスらが文句を言わないように釘をさしておく」
ドノバンはそれだけ話すと、背を向けた。
「あ、待って、ドノバン!」
わたしは船室に入りかけたドノバンをあわてて呼びとめる。
ドノバンが振り返る。
「何だ?」
「あのさ。えっと、さっきはごめん」
「何にあやまっているんだ?」
「ドノバンのこと、仲間だと思っていないって言って、ごめん。言い過ぎた。思っていないこと、ないから」
ドノバンはわたしをじっと見て、何かを言いかけた。でも何も言わず、そのまま船室に戻った。
怒ってるかな。うん、たぶん、絶対に怒ってる。とりあえず、言いたいことは言えた。協力もとりつけた。これでよかったんだよね? 何か間違えてないよね?
船室に戻ると、ガーネットが近寄ってきた。
「ヒカリ、どうだった?」
ガーネットがひそひそ声でたずねてくる。
「う、うん。とりあえず。ドノバンと話はできたよ」
「ヒカリのことだから、大げんかしているんじゃないかって心配したよ」
「何とかなったと思う。たぶんね」
「ヒカリ、どうかしたの? 顔が赤いよ」
「どうもしないよ!」
わたしはあわててガーネットに笑ってみせた。
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