第21話 実現できたらいいな

 実現できたらいいな。

 差別をなくし、みんなが胸をはって生きること。


 この時代では難しいよね。現代でもちゃんとできていないのに。だけど、この島でなら、何とかなるんじゃないかな。みんなの意識が変わったら。

  

 モコの家族はアフリカ出身で、もともとイギリスで地主に仕えていた。まだモコが小さかったとき、開拓のために家族とともにニュージーランドに連れてこられたそうだ。

  

「モコ、みんなが楽しく平等に暮らせるようにしたいんだ。だからモコも、わたしたちのことを仲間だと思って接してほしい」

「急にそんなことを言われても……」

 戸惑うモコに、わたしは強く頼み込んだ。

  

 モコだけじゃない。

 バクスターも、ガーネットも、わたしだってそうだ。頑張って新しい一歩を踏み出すことができれば、世界が変わるかもしれない。

  

 さて、そろそろスラウギ号のみんなが起きて活動をはじめるころだ。


 戻ろうかなと思っていたら、ウィルコックスが河口に歩いてきた。灰色がかった髪と目で、いつものようにクールな表情を浮かべている。

  

「おはよう、ウィルコックス」

 わたしは声をかけた。

  

 ナイスタイミングだ。

 ウィルコックスにも話してみよう。わたしはモコの問題を解決するために、保存食けんとう会議の活動を足がかりにするつもりだった。

  

  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 わたしはウィルコックスに説明した。


 冷静で物ごとがみえているウィルコックスなら、モコのことについて、良いアドバイスがもらえるかもしれない。

  

 だが、ウィルコックスはあっさり言った。

「無理だろ」

  

「えー! どうして?」

「具体的な計画が何もない」

「それはこれから考えるんだよ」

「考えなしにもほどがある」


 ウィルコックスは辛辣しんらつすぎる!

 うわーん!


 わたしは必死になって訴える。

「こういうのって、まずは気持ちが大事でしょ。やる気があれば、結果は後からついてくるものだと思う」

  

 ウィルコックスはわたしを見て、それからモコを見て、嘆息をもらすと言った。

「それで、まずどうしたいんだ?」

  

「うん、わたしからみんなに提案しようと思う」

「だめだ」

「えっ、何で?」

「ヒカリが言い出したら、騒ぎが大きくなる」

「うっ、確かに」

 クロッスとウェッブの顔が思い浮かんだ。あいつらは絶対に大騒ぎしそうだ。


 わたしは頭をひねって、次の案を話す。

「じゃあ、まずは洗たくを当番制にして、モコの負担を減らしたい」


「それもだめだ」

「何でだめなの? 大事なことだよね」

「下級生が反発する。洗たくさせられるってだけで」

「むむっ」

「洗たくは問題の本質じゃないだろ」

  

 それもそうだ。下級生らがわけもわからずに、モコをうらむかもしれない。それは嫌だ。


 わたしはさらに思いつきを口にする。

「じゃあ、賛成してくれる味方を増やそうよ。わたしたちの考えを広めてもらうんだよ」

「味方って、誰?」


 ウイルコックスの問いに、わたしは頭に浮かんだ人物を答えた。

「ブリアンがいいと思う」

  

 ブリアンはかつて「国なんてどうでもいい」と言っていた。ブリアンならきっと、人種なんかにこだわらず、わたしの考えに賛成してくれるはずだ。

  

 しかし、ウィルコックスは首を振った。

「ブリアンはだめだ」

「ブリアンならきっと賛成してくれるよ。何がだめなの?」

 わたしは納得がいかない。


 ウィルコックスは言う。

「ブリアンが賛成したことは、ドノバンが必ず反対する」

「あっ……」

「そうなると、まとまらない」


 うーん、悔しいけど、その通りかも。

 ウィルコックスの指摘は的確だ。


 何だかもう、どうしていいかわからない。ガックリとしたわたしに、ウィルコックスが言った。

「味方を増やすアイデアは悪くない。頼む相手を変えよう」

「ウィルコックス、じゃあ誰に頼めばいいの?」

「ドノバンだ」


 ドノバン?

 わたしは絶句した。

 ドノバンがわたしに賛成するとは思えない。あの嫌味ったらしい口ぶりで、頭ごなしに否定するに決まってる。


「ドノバンはムリだよ。わたしの話なんて絶対に聞かないよ。ムリムリムリ!」


 ウィルコックスはそこで笑みを浮かべた。ウィルコックスが笑うなんて珍しい。


「そうとも限らないさ。まずはドノバンに言うんだ」

「うーん。ムリだと思うけど、わかった」

 わたしは納得いかないままうなずいた。


「そのあとゴードンにも入ってもらおう」

「どうしてゴードン?」

「ゴードンがアメリカ人だからさ。たぶんうまくいく」

「ふうん? ウィルコックスが言うなら、そうするよ」


 ウィルコックスと話したことで、いろいろ課題が整理できた気がする。


「ヒカリ、わたしもそれがいいと思うよ」

 ガーネットも賛成してくれた。


 よし、これで午後にむけて、やるべきことが見えてきた。


 わたしはモコに改めて言う。

「きょう、午後に保存食けんとう会議っていう集まりを開くんだ。そこにモコも入ってほしい」

「保存食?」

「そう。まずはそこからみんなとの関係をつくっていこうよ。小さなことからコツコツと、だよ」


 わたしはモコに右手を差し出す。


 モコはわたしの顔と右手を見比べると、観念したように言った。

「なんか調子が狂う。自分だけクヨクヨ考えるのが、バカらしくなってきた」


 その言葉はいつものモコとは違っていて、年齢相応の気さくな雰囲気がある。


「そうだよ。まずはやってみようよ。よろしくね、モコ」


 モコはわたしの右手を握ると、言った。

「わかった。覚悟を決めるよ。よろしくな、ヒカリ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る