第20話 洗たくものが山になっていた

 洗たくものが山になっていた。シャツとタオルとシーツ。


 モコはせっけんと洗たく板を手に、川べりでごしごしと洗っていた。ガーネットとわたしをのぞいても十四人だから、かなりの分量だ。

  

 わたしはガーネットに話す。

「モコがひとりで洗たくするのは大変だよ。当番制にしたらいいと思う」

「そうだよね。わたしとヒカリだって、手分けして交代で洗ってるものね」


 ていうか、ドールの泥だらけのズボンとか、コスターが食べこぼしたシャツとか、自分で洗うべきだ。人に洗わせるのはどうかと思う。

  

 でも、モコは平気な顔で言った。

「大丈夫ですよ。わたしの仕事ですから」

  

 いやいや、大丈夫じゃないよね。いまは夏だからまだいいけど、水が冷たい季節になったら、まるで罰ゲームだよ。

  

 わたしはモコに向き直ると告げた。

「あのさ、前から気になっていたんだけど。モコはわたしたちに敬語を使わなくていいから」

「え?」

 モコがポカーンとしている。いったい何を言っているのか、という表情だ。

  

 わたしはなおも言う。

「わたしたち、年齢もそれほど変わらないし。みんな一緒に漂流した仲間だよね」

  

 モコが真顔で答えた。

「そんなわけにはいきません。わたしは雇われている船員ですから」

  

 わたしはガーネットにたずねる。

「ガーネットはどう思う? 今さらそんなこと気にしなくていいよね」

 ガーネットもうなずいてくれた。

「うん。気にしなくていいよ。モコを雇ったのはパパだけど、ここには子供しかいないし」

  

 モコは首を振る。

「わたしはチェアマン寄宿学校の生徒じゃありません」

  

 わたしは笑いながら応じた。

「あはは。ガーネットもわたしもチェアマンの生徒じゃないよ。一緒だよ」

  

 それでもモコはかたくなだ。

 顔をしかめると言った。

「わたしはみんなと人種が違いますから」

  

 モコの言葉に、わたしは勢い込んで言い返す。

「そんなこと言わないで! わたしだって白人じゃないよ。アジア人だよ。でも、ここでは人種なんて関係ないよ」


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 この際、はっきり言おう。わたしは原作の「十五少年漂流記」が大好きだ。でも、大嫌いな点がひとつある。


 それは黒人であるモコを、明らかに差別していることだ。原作では、みんながモコを仲間というより召使のように接していると感じていた。

  

 これはネタバレだけど。原作では、このあと少年たちが選挙でリーダーを決めるんだ。でも、モコは黒人という理由で、選挙権が与えられなかった。


 少年ばかり十五人しかいない無人島の選挙だよ? それなのに、まるで欧米のどこかの国みたい。ホント信じられないよ。

  

「時代が違う」って言われそう。十九世紀の物語だから、現代とは感覚が違う。それはそうだ。頭ではわかっている。


 でも、わたしは、時代が違うからって、そのまま受け入れたくはない。

  

 わたしとモコのやり取りを聞いたガーネットが、はたと気付いたように言う。

「考えてみたら、ヒカリはモコに比べると、ずいぶん偉そうだよね」

「ごめん! 自覚はあるよ。わたし、偉そうだよね。チェアマンの生徒じゃないし、ただの居候いそうろうなのに」

「ふふふ、冗談だよ」

「わたしも気にしているんだよ、こう見えても」

「気にしないで。わたし、偉そうにしているヒカリが好きだから」

「ガーン! 偉そうにしていることは否定しないんだ」

  

 隣で聞いていたモコが、ぷっと吹き出した。

「あははは」

「あ、モコに笑われた」

 ガーネットもわたしも、それからモコも、みんなでお腹をかかえて笑った。

  

 わたしは改めてモコに言った。

「モコだけが扱いが違うなんて、間違ってる。モコもこんなの変だって、思っているよね?」

  

 わたしがたたみかけるように言うと、モコがとつぜん叫んだ。

「うわーーーっ!」

  

 わたしはモコの大きな声に驚き、しりもちをついた。

「わっ、びっくりした! 急に叫ぶんだもん」


 モコは叫び声を上げた後、ぜいぜいと荒い息をつき、それから言った。

「変だと思うかって? そんなの変だと思うに決まってるよ! ずっとずっと変だと思いながら生きてきたよ!」

  

 さっきまでの落ち着いた声じゃない。興奮して上ずった声だ。わたしは、このとき初めてモコの生の声を聞いた気がした。涙が出そうになる。

  

「うん、そりゃそうだよね。きっと、ずっと、がまんしてきたんだよね」

 わたしがそう言うと、モコは苦笑いを浮かべた。

  

「ああ、そうさ。がまんしてきたさ。でも、変だと思うけど、仕方ない。これが世の中のルールなんだから」

「仕方なくないよ。大人たちがつくったそんなルール、ここでは守る意味なんてないから」

 わたしは力をこめてモコに言った。

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