第19話 最後のメンバーに声をかけよう

 最後のメンバーに声をかけよう。モコだ。

 どんな風に誘えばいいかな。


 バクスターと話した翌朝。早朝のベッドでわたしは考えていた。


 きょうの午後には、第一回目の保存食けんとう会議を開くつもりだ。それまでに何とかしなきゃ。でもモコに参加してもらうのは、バクスターよりも難しいかもしれない。

  

 あれこれ考えているうちに、同じベッドで寝ているガーネットが目を覚ました。


「おはよ、ヒカリ。また何か悩んでいるね」

「おはよう、ガーネット。うん。作戦を練っていたんだよ。どうしたらうまくいくかって」


「それって、保存食けんとう会議のこと?」

「うん、メンバー集めのことで迷ってて」

「ヒカリは悩み多き人だねー」

「あはは、そうなんだよねー」


 ガーネットがわたしに頭をすりよせてくる。そのしぐさが猫みたいだ。

 わたしはガーネットの意見を聞いてみることにした。


「ガーネットに聞きたいんだけど。ぜったいに間違っていないはずなのに、理解が得られないことってある?」

「あるある。そんなのしょっちゅうだよ」

「例えば、どんなこと?」

  

 ガーネットは少し考えたあと、言った。

「例えば、わたしが女っていうだけで、損することかな」

  

 ガーネットに言わせると、ガーネット家では、双子の兄の方が何かと尊重されているそうだ。ガーネットは文句を言う。

「外見も能力も兄と変わらないのに。ううん、むしろ、わたしのほうが優秀だと思うんだけど。納得いかない」

  

「あー、わかるわかる。それは納得いかないよね」

 わたしはうなずく。この時代は女性の権利が現代ほど認められていない。当時の日本に比べたら、欧米はマシかもしれないけど。男女の差別はいろいろあると思う。

  

「将来の夢についてもそう。わたしは女だからって、パパたちは賛成してくれない」

「ガーネットの夢って、何?」

「冒険家だよ。世界中を旅して、新種のチョウを集めてまわるの」

「かっこいい!」

「ふふふ、アコーディオン奏者になって、演奏しながら旅するのも捨てがたいけどね」

  

 そうか。それでスラウギ号に兄のふりをして乗り込んだのか。ガーネットは見た目はかれんで可愛いけど、すごく行動的だよね。

  

「でもさ、ガーネットの夢って、ほとんど実現できたんじゃない? この場所で!」

「そうかも! いまのわたしたち、完全に冒険家だよね。ニュージーランドに帰ったら漂流記の本を書こうかな」

「あはは、それいいね!」

 わたしたちは笑いあった。

  

「ヒカリの夢は何?」

「わたしの夢は、おじいちゃんみたいなシェフになることだね」

「じゃあ、ヒカリの夢もほとんど実現できているね。みんなのシェフだから」

「ううん、まだ何もできていない。これからだよ」

  

 わたしは頭をきりかえ、モコのことを考える。あれれ、待てよ。これはもしかすると――。


 わたしはガーネットとの会話が、モコの問題に実はすごく関係していて、ヒントになっていることに気付く。

  

「そうか。そうだよね。この島なら何だって実現できるかもしれない」

「ヒカリ、何かいいことを思いついた?」

「うん、思いついた。さすがはガーネットだよ」

「えへへ。お役にたてて良かった」

  

 よし。こうなったら、善は急げだ。

 わたしは急いで着替えると、ガーネットを誘ってスラウギ号の外に出た。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

「ヒカリ、どこに行くの?」

「うん、顔を洗うついでに、モコと話そうと思って」


 朝の涼しい海風が、連れ立って歩くわたしたちの肌をなでる。

  

 早朝のこの時間帯であれば、モコは河口で仕事をしているはずだ。

  

 いたいた。

 思った通り、モコは河口で洗たくをしていた。モコはスラウギ号の洗たくと掃除を一手に引き受けている。


 ちなみに原作では料理もモコの担当だったよ。でもそれはわたしが引き受けたので、こちらのモコは料理には関わっていない。

 ついでにいうと、ガーネットとわたしは洗い物を分けていて、洗たくは自分たちで手分けしてやっている。

  

「おはよう、モコ」

 ガーネットとわたしは河口に近づき、モコに声をかける。

  

 モコは洗たくの手をとめると言った。

 こんな風に敬語で。

「おはようございます。ガーネットさん、ヒカリさん」

  

 なぜモコがみんなの洗たくと掃除を一手に引き受けているのか。

 なぜモコがわたしたちに敬語を使うのか。

  

 理由は二つある。

  

 ひとつは、モコがチェアマン寄宿学校の生徒ではなく、もともとスラウギ号で働いていた見習い船員だから。


 それから、もうひとつ。


 このことは、わたしがずっと気になっていて、納得がいかなくて、あえて話題にはしなかったんだけど——。


 モコがこの船では唯一のアフリカ系、すなわち黒人だからだ。

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