第18話 わたしは反応を待った

 わたしは反応を待った。

 まもなくバクスターが網を手につぶやく。

「こ、これじゃ、ダメだよ」

「えっ! どうして?」

  

 わたしが思わず声を上げると、バクスターはびくりと体を震わせ、ささやくように答えた。

「だって、網の目が、お、大きすぎるんじゃないかな」

「ああー、言われてみたら確かにそうかも!」

  

 わたしはバクスターの言葉にうなずく。

 基本的な指摘だ。確かに、この網の目は大きすぎてハエは防げない。恥ずかしながら、そこまで確認できていなかった。

  

 でも、構わない。

 網は深く考えて持ち出したわけじゃない。バクスターと話すきっかけがほしかっただけだから。

  

 わたしは立ち上がると、バクスターの手を引っ張って立たせた。

  

「バクスター、ちょっと来て!」

「なななな、何?」

  

 あたふたと焦るバクスターを半ば引きずるようにして、わたしは船内の倉庫まで引っ張っていく。

「ねぇ、バクスター。網の代わりになるものが何か倉庫にあるかも。一緒に探してよ」

「うえええ!?」

 我ながら強引だと思ったが、そう頼み込んだ。

 

 倉庫は両側の壁に三段の棚があって、いろいろなものが放り込まれている。前にガーネットと点検したとき、大きなものはチェックした。でも雑多な生活用具など、見落としているものもありそうだ。

  

 嫌がられるかと思ったが、バクスターはだまって倉庫の棚に目を通し始めた。その作業には、彼の興味をくすぐるものがあったらしい。おもちゃ箱から宝ものを探す行為みたいに。

 

 わたしも改めて見わたす。

 洗濯ネットやストッキングみたいな、細かい目の網があったらいいなぁ。でもそんなものはないよね。化学繊維なんてない、日本でいうと江戸時代だから。

 現代なら、百円ショップに行けば、いくらでも見つかりそうなのに。

  

 ざる、かご、麻の布地。目にとまったものはそのあたりだ。ざるは小さすぎて小魚くらいしか干せない。かごも網の目が大きい。布地は光や風が通らないので、干物をおおうには向いていないかも。

  

「うーん、オビに短しタスキに長し、だよね」

「……」

「あ、今のは、わたしの国の言葉で。ピッタリ合うものがないっていう意味だよ。えへへ」

「……」

  

 話しかけても返事がかえってこない。ひとりごとみたいになっちゃう。でも、気にせず思いつくままに話した。

「あのさ。バクスターってさ、今回の航海にあまり乗り気じゃなかったの?」

「……」

「ごめんね。変なこと聞いて。バクスターって、他の子と関わっていないから。気になっちゃって」

「……」

「でもね、これはわたしのかんなんだけど。みんなはそのうちきっと、バクスターが居てくれてよかったって、そう思うようになるよ」

「……」

「わたしの勘って、かなり当たるから。だから、こうやってバクスターに頼んだの」

「……」

  

 おせっかいだと自分でも思う。

 でも、わたしはバクスターがひとりで過ごしている状況を何とかしたかったんだ。

  

 バクスターは頭をかいて立ち止まると、ふと口にした。

「あ、あのさ」

「うんうん、何?」

「あ、網は、ぜ、絶対に必要なの?」

  

 バクスターから話してくれたことがうれしくて、わたしは勢い込んで答える。

「ハエがたかるのを防ぎたいから。ほら、魚や肉に寄ってくるでしょ」

  

 前に、家のベランダで干物をつくったことがある。ちょうどアジが余っていたから、思いついてやってみた。

 開いたアジを洗濯ばさみで物干しにぶら下げた。知らなかったから、そのまま放置して外出したんだよね。

 

 帰宅したら、アジが残念なことになっていた。ハエのタマゴがワーッと付いていて、思い出してもゾッとする。すぐに捨てちゃった。洗えばよかったのかもしれないけど、ばい菌も気になったから。

  

 わたしは自分の体験もあわせて、網の必要性を説明した。


 冬に備えて、肉や魚を保存しようと思ったら、それでもやっぱり干物が手っ取り早いと思うんだ。塩漬けという方法もあるけど、塩がもったいないから。

 

 わたしが説明すると、バクスターがつぶやいた。

「な、なるほど」

「何か思いついた?」

「それなら、そ、外に干さなくてもいいんじゃないかな」

「どういうこと?」

「あ、あのさ、ハエを気にせずに、干物がつくれたらいいんだよね」

 

 それからバクスターは、小さな声で何やらつぶやき始めた。頭のなかで考えをまとめているらしい。その真剣な顔つきは、原作に登場するバクスターを思わせた。

 みんなから「技師」と呼ばれる、こだわりの職人。それこそが原作のバクスターだ。

  

 わたしは思わずバクスターに声をかけた。

  

「ね。バクスター、あらためてお願い。あなたの力をかしてほしい」

「そ、そんな。ぼ、僕、たいしたことはできないよ」

「バクスターもアイデアを出してよ。それで食料問題をみんなで一緒に解決しよう」

「で、でも、僕は……」


 わたしは口ごもるバクスターの両肩をつかんだ。それからバクスターの前髪のむこうの目をじっと見つめた。

  

「バクスターが力をかしてくれたら、きっとみんなの生活が今よりよくなると思う」

「……」


「あした、保存食けんとう会議のみんなで話し合いをするんだ。一緒に参加してくれないかな。バクスターが考えたことを教えてほしい」

 再びだまりこんだバクスターに、わたしはこう告げた。

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