第17話 何だかうまくいかない

 何だかうまくいかない。

 わたしはウィルコックスの次は、バクスターを誘うことにしたんだけど……。

  

「ねぇ、バクスター。ちょっといいかな」

 わたしの言葉が終わらないうちに、バクスターがさっと向こうへ行ってしまった。話しかけると、決まって姿を消してしまう。

  

 あれれ。わたし、なんか避けられている?

  

 バクスターは原作では最重要キャラクターのひとりだと思う。手先が器用で、いろいろなものをつくってくれる。わたしはぜひともバクスターの力を借りたかった。

  

 でも、この世界に来てから、バクスターとは話したことがない。わたしだけじゃなくて、他の少年たちがバクスターと話しているところも、ほとんど見たことがない。

  

 バクスターは共同作業には加わるし、食事も一緒にとっている。でも、それ以外はいつもひとりで過ごしていた。人見知りなのかな。原作ではそんなキャラクターじゃなかったと思うけどなぁ。

  

 うーん、どうしよう。わたしは迷ったすえに、バクスターと同じ学年のブリアンに聞いてみることにした。

  

 午後の自由時間だった。


 みんなが思い思いに好きなことをしている時間帯に、ブリアンはのんびり木陰で昼寝をしていた。


 わたしはしゃがみこみ、ブリアンの顔をのぞきこんで声をかける。ブリアンは目を開け、ふああとあくびをした。

  

「ブリアン、お昼寝中にごめんね。ちょっとバクスターについて聞きたいんだ」

  

 わたしの質問に、ブリアンはいつものように髪をかきあげながら答えた。

「バクスターをつかまえるのは簡単じゃないよ。彼は他人と関わりたがらないからね」

「わたしが話しかけようとしたら、逃げていっちゃうんだ。バクスターは学校でも誰とも話さないの?」

「いつもあんな感じだよ」


 人づきあいが好きじゃない子だっているよね。わたしがとくに嫌われているわけじゃなさそう。それはホッとしたけど、ふと疑問が浮かぶ。


「それならどうして、バクスターはわざわざこんな航海に参加したのかな」

「バクスターのお父さんは商人なんだ。息子をもっと他人と関わらせたいと思って、航海に参加させたらしいね。バクスターは嫌がったらしいけど」

  

 なるほど。わたしは納得した。


 ブリアンもウィルコックスもよくひとりで過ごしているよね。でもブリアンやウィルコックスは単にマイペースなだけで、他人と関わるのが苦手ではないよね。

 またジャックも一人でいることが多いけど、兄のブリアンとの関わりがあるから、完全に一人ではない。

  

 わたしの勝手な想像だけど。この時代の寄宿学校って、仲間意識が強そう。個人よりも集団が大事って雰囲気があるんじゃないかな。


 バクスターみたいに他人と関わるのが苦手なタイプは、寄宿学校でみんなと学ぶのは大変だろうなって思った。

  

「ねぇ、ブリアン。わたしバクスターに手伝ってもらいたいことがあって。彼と話をしたいんだ。どうしたらいいかな」

  

 するとブリアンは、微笑みを浮かべながら言った。

「ふふ、難しく考える必要はないさ。ヒカリがバクスターと話したいのなら、目線を合わせればいいだけさ」

「目線を合わせる?」

「ほら、今ぼくと話すためにしゃがみこんでいるだろう。バクスターに対しても同じことをやればいい」

「あっ、なるほど」

「君は得意そうだけどね。ぼくは人に目線を合わせるのが苦手でさ。最近は弟のジャックにも避けられているくらいだから」

 ブリアンはそう言うと、また目を閉じて寝てしまった。


「ありがとう」

 わたしは寝息をたてるブリアンにそう言うと、スラウギ号に戻った。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 ブリアンのアドバイスは、正直いって、わかったようで、よくわからない。よくわからないけど、バクスターと、ちゃんと向き合えと言われた気がした。


 もっとしっかり、もっとストレートに、バクスターに頼んでみよう。そう思った。それがもしかしたら、ブリアンの言う「目線を合わせる」ことになるかもしれない。


 わたしはまず着替えた。

 きょうは小花柄のきれいなワンピースを着ていたんだけど、作業用のシャツとズボンにした。この方がバクスターも気さくに話してくれるかもしれない。


 それから船内の倉庫をあさって、網を引っ張り出した。スラウギ号に装備されていた、魚をとるための投網だ。

  

 あたりを見渡し、バクスターを探す。

 いた。船室の隅でしゃがみこんでいる。

  

 わたしはバクスターに近づくと、いきなり彼の前に正座して座った。そして網のたばをわたしとバクスターの間にドサリと置く。

  

 バクスターが顔をあげる。ブラウンの前髪が長く伸びて目をおおっている。その前髪のむこうから、バクスターが何ごとかとわたしを見た。

  

「この網、わたしがこのまえ倉庫で見つけたんだ」

「な、何?」

「これで、あるものを作りたくって」

「あ、あるものって?」

  

 バクスターは急に話しかけたわたしに驚きながらも、網に興味をひかれた様子だった。わたしは打ち明ける。

  

「干物」

「え? ひ、干物?」

「そう。干物。魚とか肉とかを干して、保存食を準備したい。この網がそのための虫よけになると思うんだ」

  

 ホームセンターとかに行くと、ベランダで干物をつくるための便利グッズが売ってるよね。ほら、洗濯ハンガーに虫よけのネットがかぶさったようなやつ。

  

「バクスター、というわけで、干物を干す道具を作れないかな?」

「な、何で、ぼ、ぼくに言うのさ?」

「わたし、バクスターならできると思っているから」


 バクスターはわたしと網を見比べる。やがて網にそろそろと手を伸ばすと、引き寄せて広げた。

  

「こ、これ。これは。うーん……」

 バクスターはぶつぶつ言いながら考え込む。わたしはその様子をじっと見守る。

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