第15話 海亀イベントが起きちゃった!

 海亀イベントが起きちゃった!

 ガーン!

 何とか避けたいと思っていたのにー。


 どういうことかというと……。


 原作の「十五少年漂流記」では、海亀イベントはけっこう有名な場面だと思う。


 少年たちが砂浜で海亀を見つけるんだよね。ドールとコスターがふざけて甲らにのったら、海亀が二人をのせたまま海に向かって歩き出して、みんなは大騒ぎ。ゴードンがドールとコスターを助けて、丸太をテコに海亀をひっくりかえし、ブリアンが手オノで海亀をしとめる――。


 その後は「海亀からはたくさん肉がとれました」という説明があって、海亀イベントは終了。

 めでたしめでたし。


 いやいや。

 めでたくないから!


 わたしがその場にいたら、絶対に海亀を生きたまま海に帰したのに。海亀は絶滅が危ぐされている生物だから。原作の時代は、海亀の数は現代よりも多かったのかもしれないけどね。


 しかも原作では、少年たちが海亀の肉をどんな風に料理して食べたのか、肝心の説明は一切なし。

 何それ、すごく気になる!


 その日、わたしはたまたまスラウギ号の船室の中にいたんだよね。少年たちが騒ぐ声を聞いて何事かと海岸に出たら、すでに海亀がしとめられていた、というわけ。


 あーあ。

 気にかけていたのに。わたしが居ないタイミングで起きるなんて!

 これは運命みたいなもので、避けようがないイベントなのかも。


 うえーん……。


 とりあえずジェンキンズに図鑑で確認してもらったら、海亀は食用になるアオウミガメだった。


 こうなった以上は仕方ない。

 料理担当としては、貴重な食材を無駄にするわけにはいかない。わたしが料理するしかないもんね。せっかく決闘までして担当の座を勝ち取ったんだから。


 驚いたことに、海亀を食べたことがある子はけっこういた。ブリアンもサーヴィスもガーネットも食べたことがあった。ニュージーランドは島国だし、食べる機会があるのかな。


 サーヴィスがわたしにたずねる。

「ヒカリは海亀を食べたことがないのか?」

「わたしもいちおう食べたことあるよ」

「なんだ。あるんじゃないか」


 そうなのだ。実はわたしも食べたことがあるんだよね。小学生のとき、おじいちゃんに連れられて小笠原諸島に行ったときに食べたよ。


 小笠原には海亀を食べる習慣があって、年間に決まった数だけとっているって、そのとき聞いた。


 わたしはゴードン、ブリアン、ガーネット、サーヴィス、それに興味津々の低学年の子どもたちにも、手伝ってもらって、バケツいっぱいの海亀の肉を河口に運んだ。


 河口は川の水が使えるので、テーブルを持ち出して屋外の調理場にしているんだ。


 ちなみに海亀の甲らは硬くて刃を通さないので、ゴードンとブリアンは腹側から刃を入れて肉を切り分けずみだった。わたしだったら、正直そこまでできない。ほんと少年たちのたくましさには感心する。


 わたしはサーヴィスに聞いてみた。

「みんなは普通はどうやって食べるの?」

「スープやシチューにすることが多いかなぁ」


 海亀のスープって、確かに、探検記とかに出てくる気がする。


 わたしは小笠原ではお寿司やおさしみを食べたよ。おそるおそる口に入れたら、予想していたよりも美味しかった。見た目も味もマグロの赤身みたい。煮込みも食べたけど、火が入ると独特のくせがあった。


「でも、ちょっとかわいそうだよね」

 わたしがつぶやくと、おじいちゃんはニッコリ笑ってこう言った。

「昔の船乗りはよく食べていたそうだよ。そもそも人間は自然からさまざまな命をいただいて生きているんだ」


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 そんな記憶がよみがえってきた。


 といっても、おさしみで食べるのは、みんなもきっと抵抗があるよね。


 それに、残念ながら、しょうゆがない。しょうゆがないのは、本当につらい。味付けに使えそうなものが、今のところ塩しかないんだよね。さて、どうしようか。


 わたしは少し考え、赤身の肉の表面を軽くあぶった。それをごく薄ーく切って、お皿にならべ、塩とオイルをふる。


 オイルは船に積んでいたオリーブオイルだけど、油の味がきついので、ほんの少しだけ。それから、このまえ河口近くの湿地で見つけたセリの葉をきざんで散らした。


 よし、完成。

 カルパッチョだ。

 しょうゆなしでさっぱり食べるならこれしかないと思ったんだ。


 みんなに味見をしてもらった。

 サーヴィスがこわごわとした様子で言う。

「これ、生じゃないの?」

「カルパッチョっていうイタリア料理なんだ。軽くあぶってるよ。中は生だけど、新鮮なお肉だから大丈夫だよ」


 サーヴィスはおっかなびっくり食べてモグモグしていたが、急にさけんだ。

「おいしい! こんなにおいしい海亀料理、食べたことない!」 


 ガーネットも喜んで食べてくれた。

「わたし、いままで海亀って苦手だったんだけど、これなら食べられる!」


 ブリアンもうなずく。

「うん、おいしい。これはちゃんとしたディナーで出せる味だよ」


 わたしはいい気になって胸を張る。

「ムフフ、そうでしょうとも!」


 残りの肉はスープにしたよ。

 まず湯通しをして、手足のヒレなどはていねいに厚い皮をはがす。それから、くさみ抜きのために赤ワインを大量に入れて、塩をきかせてゆでてみた。


 くせのある味だけど、サーヴィスは「これまで食べた海亀のスープの中では格別においしい」って言ってくれた。


 ほかのみんなにもおおむね好評で、ホッとした。貴重なたんぱく源になったと思う。わたしはこうして海亀イベントを何とかのりきったのだった。

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