第11話 誰かのために、何かのために

 誰かのために、何かのために、心をこめてつくる——。


 わたしはおじいちゃんのことばを思い浮かべた。いまのわたしにできることって、いったいなんだろう。

  

 朝が来てまた新しい一日が始まる。

  

 食事は昨日からずっと、びんづめや缶づめの肉や豆だ。荷物の整理をしたとき、漂流の衝撃で割れちゃったのを見つけたから。傷まないうちに早く食べなきゃ。

  

 荷物もようやく整理できたよ。


 原作「十五少年漂流記」には、スラウギ号の荷物が細かく書かれていて、わたしはそのページを読むのが好きだった。自分も漂流した気分になったから(まさか本当に漂流するとは思ってなかったけど!)


 それにしても、スラウギ号の荷物は、ちょっとかたよっている。

  

「なんでこんなにお酒が多いの!」

 わたしは声をあげた。

 赤ワインと白ワインは二十リットル入りの樽が二十個ずつ。ジン、ブランデー、ウイスキーは同じく十個ずつ。ビールは百リットル入りの大樽が四十個もある。

  

「そうなんだよね。パパや船員のみんなは、とにかくお酒をよく飲むから」

 ガーネットが申し訳なさそうに言った。

 大人たちは毎晩宴会するつもりだったのかなぁ。

  

 食料は大量のビスケットやびんづめと缶づめの他にも、ハムや干し肉、塩漬け肉がけっこうあった。船にあるものだけ食べたとしても、一カ月くらいは持つかな。

  

 生活雑貨もいろいろあるよ。大量のマッチと火打石。大工道具。ゼンマイ式の置き時計が二つ。温度計が二つ、羅針盤らしんばんが三つ、望遠鏡が三つ。本もたくさんあって、図鑑は役に立ちそう。


 ゴムボートもあった。一人乗りの小さなもので、小さく折り畳んで持ち運びできる。これは便利そう!


 あとは布地や裁縫さいほう道具。防寒着や毛布もあった。これなら冬が来ても安心だ。

  

 午後になると、わたしは低学年の子らに声をかけた。

「みんな、きょうも磯に行かない?」

「行く行く!」

「ヒカリ、早く行こうぜー」

  

 ジェンキンズ、アイバースン、ドール、コスターが騒いだ。犬のファンも「バウバウ」と鳴き、わたしに飛びついてきた。

  

「あはは、ファンも一緒に行く?」

「バウ!」

  

 わたしは背負うタイプの大きなカゴにファンを入れて、縄ばしごを慎重におりた。ファンを砂浜におろしてやると、喜んで走り回った。

  

 ジェンキンズとアイバースンは磯の向こうの岬まで行きたいというので、ガーネットがついていく。


 わたしは潮だまりでドールとコスターの子守りだ。ファンも鼻をスンスンいわせて、小さなカニに注目していた。

  

 ドールとコスターは競うように海藻をかきわけて小魚をすくいはじめた。うん、男子はこういうの好きだよね。


 ただ、きのうも小魚をとったけど、結局ぜんぶ逃したんだよね。食べるには小さかったから。きょうも逃がすしかないかなぁ。何か使い道はないかなぁ。

  

「ねえ、きみたち、魚は好き?」

「あんまり好きじゃない」

「肉の方がいい」

 二人とも必死ですくっている割にはそっけない。


「バランスよく食べた方がいいよ」

 お姉さんぶってそう言うと、二人ともキョトンとした。

「ヒカリ、バランスよくってどういうこと?」

  

「えっとね。肉ばかり食べるんじゃなくて、魚とか野菜とかいろいろ食べた方がいいってこと」

 二人は明らかに不満げな顔をした。

「えー、肉だけでいいよ。魚は骨をとるのめんどうだし」

「野菜なんておいしくないし、食べたくない」

  

 わたしはふと思った。

  

 ドールやコスターのような年齢なら当然の反応だ。わたしも小さいころはそうだった。でも、年齢だけの問題なのかなぁ。


 原作を読んでいて不思議に思ったことがある。みんなが肉を食べる場面がしょっちゅうあるのに、野菜を食べる場面がほとんどないことだ。野菜は食べてないのかな。


 そもそも「バランスよく食べる」という発想がなかったのかも。栄養について知られるようになったのは、たぶんもっと後の時代じゃないかな。


 そんなことを考えていると、ガーネットとジェンキンズとアイバースンがこちらに歩いてきた。


「ヒカリ、これ見て」

 ガーネットが手かごを差し出す。

 中にはタマゴが二十個くらい入っている。

  

「わっ、なにこれ?」

「岬に行く途中の岩場で見つけたの」

  

 ドールとコスターとファンも集まってきた。

「すごい、タマゴだ!」

「バウバウ!」


「これ何のタマゴ? 食べられるの?」

 わたしはジェンキンズにたずねる。まさかヘビとかじゃないよね。

  

「海鳥です。種類はわからないけど、イワツバメかミズナギドリだと思います。食べられますよ」

 タマゴは大小いくつかの種類があった。

  

「こっちは別の鳥みたいだね。親鳥に怒られなかった?」

「大丈夫です。親鳥が離れたすきにサッと取ったから」

  

 巣からタマゴをとるのは、親鳥がかわいそうな気もする。でも、とったからには、ありがたく食べることにしよう。

  

 わたしはさっきから気になっていたことを聞いてみた。

「ねぇ、ガーネットは野菜を食べる?」

 ガーネットが小首をかしげて答える。

「よく食べるのは煮豆かな。トマトやイモも食べるよ。煮込んだり焼いたりして」

  

「生野菜のサラダは食べないの?」

「ううん、生ではあんまり食べないね」

「えっ、どうして?」

「普通は火を通すよ。すごく新鮮できれいなら別だけど。ヒカリは違うの?」

  

「ガーネット、じゃあさ、メニューのバランスは気をつけてる?」

「うーん、あまり考えないけど。同じものばかり食べると飽きるから、たまには変えたいかな」

  

 わたしはだんだんわかってきた。

 食事への考えかたが、たぶん現代人のわたしとみんなとでは、違う気がする。

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