第10話 夢を見ていた

 夢を見ていた。

 おじいちゃんの夢。


 あれは八歳のとき。

 わたしがはじめて料理をつくった日のことだ。


 数日前、おじいちゃんが「いそがしくて昼食を食べるひまがない」と言っていたので、わたしがつくってあげようと考えた。

  

 夏休みで家にはパパもママもいなくて、わたしひとりだった。


「おにぎりにしよう」


 おにぎりなら、おじいちゃんが料理しながらでもサッと食べられる。冷凍ごはんもある。

 具はどうしよう。冷蔵庫の中を探す。おじいちゃんの好きなものはないかな——。たまごとびんづめにわたしは目をとめる。


 ゆでたまご。

 いかの塩から

  

 うん、これでいこう。

 おじいちゃんはゆでたまごが好きだ。塩からもお酒のおつまみによく食べている。

  

 小鍋に水を入れてガスのせんをひねる。何度か失敗してようやく火がつく。ぐらぐらわいたところで、たまごを放りこんだ。

  

 本当は水にそっとしずめてから火をつけるといいのだけど、知らなかった。火が怖くて遠くから放り込んだら、お湯がはねて手にかかった! 

 あちちち。あつくて泣きそう。

  

 おまけに、たまごのからにひびが入った。白身がもれて、ぶくぶくと泡立っている。できあがったゆでたまごは、白身がグニャグニャの変な形だ。


 あれれ。思っていたのと違う。おじいちゃんはあんなに簡単そうにつくっていたのになぁ……


 わたしは気を取り直し、ラップの上にレンチンしたご飯を広げる。

  

 ひとつはゆでたまご入り。味付けにマヨネーズをかけた。もうひとつは塩から入り。たくさん食べてもらおうと、びんの残りをすべて入れた。


 熱くてなかなかにぎれない。それでもがんばってぎゅうぎゅうおさえつけ、丸くととのえた。


「やった! はじめて自分ひとりでつくった!」

  

 紙袋におにぎりを入れ、わたしは意気ようようと家を出た。おじいちゃんの店までは、うちのマンションから歩いて十分もかからない。

  

 住宅街の一角。外壁を赤色に、窓わくを水色に塗った小さなかわいい店だ。店の名前は、えっと、何だっけ……。わたしは勝手口から厨房ちゅうぼうに入った。

  

 おじいちゃんがいた。いつもの白い服で、ちょうど手があいたらしく、鍋を洗っている。

  

「おじいちゃん、これ食べて!」


 おじいちゃんは驚いた顔をした。

 丸イスを二つ持ってくると腰をおろし、紙袋をのぞきこむ。わたしも並んですわる。


 おじいちゃんは日に焼けて、白いひげをはやしている。


「ほほう、おにぎりか」

「わたしがつくったんだよ」

「そうか。それじゃあ、ありがたくいただくよ」


 おじいちゃんは大きな口でかぶりつく。わたしはおじいちゃんが食べるところをじっと見つめる。


「おいしい」

 おじいちゃんが言った。

「ほんと?」

「ああ、ほんとにおいしい」


「おじいちゃん、何が入ってるかわかる?」

「ゆでたまごだ」

「そう! 好物でしょ! ねぇ、こっちも食べて」


 おじいちゃんはもうひとつのおにぎりをほおばる。

「おじいちゃん、こっちは何のおにぎりだと思う?」

「これは、いかの塩からだな」

「当たり!」

「うんうん。どちらもおいしい」


 いま思うと、ひどいできばえのおにぎりだ。時間を巻き戻せるなら、つくり直したい。それでも、おじいちゃんはおいしそうに食べてくれた。


 おじいちゃんは二つとも食べ終わると、わたしをじっと見て、やがて言った。


「ヒカリ、料理っていうのは、メッセージだ」

「メッセージ?」

「そうだ。誰かのために、何かのために、気持ちをこめてつくるんだ」

「ふうん」


 おじいちゃんは私の頭をなでながら言う。

「ヒカリはおじいちゃんのことを思って、おにぎりをつくってくれた。そのメッセージを受け取ったよ。ありがとう」

「うん! えへへへ……」


 料理をつくるって楽しい。

 食べてもらうってうれしい。


 わたしはこの日、心からそう思った。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 目が覚めると、スラウギ号のベッドだった。


 ほおがぬれていた。

 夢を見ながら、泣いてしまった。

 わたしは手で顔をぬぐう。


 まだ夜はあけていない。

 丸窓の向こうで月明かりが光っている。

 かたわらではガーネットが静かな寝息をたてていた。


 この「十五少年漂流記」の世界こそが、夢のようにも思えるけど。そうじゃない。この世界が現実だ。わたしはいま夢から現実に戻ってきた。


 わたしは夢の中で聞いたおじいちゃんの言葉を思いかえす。


 ——料理はメッセージだ。

 ——誰かのために、何かのために、気持ちをこめてつくるんだ。


 きょうは一日中、サーヴィスとの決闘で何をつくったらいいかを考えていた。


 ふと思う。わたしは、いま、誰のために、何のために、料理をつくろうとしているんだろう……。

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