第6話 思ったことを言っていいの?

 思ったことを言っていいの?


 わたしは十五人の船に乱入した立場だから。食事に文句をつけるみたいで、ちょっと気が引けた。

  

 でもガーネットはキラキラと期待のこもった目で、わたしの返事を待っている。ちゃんと答えた方がいいよね。

  

「あのさ、あくまで個人的な意見なんだけど」

「うんうん」

「朝ごはんは、温かいものがうれしいかなぁ。ほら、朝は寒いでしょ」

「なるほどね、確かにそうかも」

  

 ガーネットが手をポンとたたいて言った。

「ヒカリ、それならキッチンストーブを使えばいいよ」

「キッチンストーブ?」

  

 ガーネットはわたしを船室の隅に連れていった。暖炉みたいな鉄の箱があった。正面に扉が二つ付いている。

「これで調理できるよ。こっちの扉からまきをいれて火をつけるんだ。こっちの扉はオーブン。天板はコンロだよ」


「おぉ、かっこいい! これなら温かい料理も大丈夫だね。使ってみたいなぁ」

 まきを燃やすってことは、バーベキューみたいに炭火で肉を焼けるんだよね。わたしは調理器具が大好きだから、こういうのを見ると気分が盛り上がる。


「ヒカリ、つくれるの?」

「うん、たぶん」

「温かい料理って、どんな?」

 わたしは思いつくままに答える。

「チキンは脂が固まっていたから。そのまま食べるより、スープにしたらいいと思うんだ」

「スープ! いいね」

  

 わたしは冷蔵庫の余りもので何かを作るのが得意だよ。ありあわせシチューとか。ありあわせパスタとか。

 ママより上手だと思う。ママは仕事で疲れているから、すぐにデリバリーを頼もうとするんだ。

  

 わたしは調子に乗って言葉を続けた。

「スープは塩味でもいいし、ミルク味にしてもいいかも。ビスケットと合いそうだし、ビスケットを割って入れてもいいね」

「おいしそう! あっ、ミルクはないんだった」

「そっかぁ、残念」

  

 ガーネットがわたしの手を取る。

「ヒカリ、すごいね。料理ができる人だったんだね」

「いやいや、全然すごくないよ」

 実際に料理を作ったわけじゃない。思いつきを偉そうに口にしただけだ。むしろ恥ずかしくなってきた。

   

 ガーネットが他の少年たちの方を向いて言った。わたしが止める間もなく。

「みんな、聞いて。ヒカリは料理ができるんだって。これからはヒカリに作ってもらおうよ」


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 わたしは「しまった」と思った。

 ガーネットに悪気はない。作るのはいいんだけど、目立つと面倒なことになりそうだなぁ……。

 心配していたら、案のじょう、クロッスとウェッブが近づいてきて、いちゃもんをつけた。

  

「反対!」

「おれも反対だ」

「変なもの入れられるんじゃないか」

「そうそう、毒薬を盛られたりしてな」

 そう言って二人はゲラゲラと笑った。

  

 ムカムカーッ!

 まったくもう、こいつらは。

 毒薬って、そんなもの見たことないし!

  

 ガーネットがクロッスとウエッブをにらみつける。

「二人とも、ヒカリに失礼でしょ!」

  

 ガーネットは船長の娘で、きぜんとしていて、何といっても美少女だ。クラスの委員長って感じだ。クロッスとウェッブはガーネットに叱られると、火が消えたようにシュンとした。

 よしよし。わたしは心の中でガッツポーズした。

  

 そこに親分が登場した。ドノバンだ。


 ドノバンは子分二人を横におしやると、わたしに言った。

「おまえに料理をまかせる? ばかを言うな」

  

 ドノバンは切れ長の冷ややかな目でわたしを見据える。

 わたしは思わず後ずさりをしたが、ガーネットがわたしの手をぎゅっと握ったので、立ち止まった。

  

「ばかなことって、どうして?」

「素性もわからないやつに、まかせられない。そもそも、おまえはどこの国の人間なんだ?」

日本ニッポンだよ」

「ニッポン?」

「アジアの国だよ。知らないかな。ニホン? あるいは、ジャパン?」

「知らん。聞いたことない」

  

 うーん……。

 知らなくて当然だよね。江戸時代の日本なんて、ほとんど知られていないよね。

 それでも十五人のなかで、知っている人が二人いた。

  

 一人はガーネットだ。「パパから聞いたことがある」という。ガーネットのパパはスラウギ号で東南アジアまで航海したらしいから、知っていてもおかしくない。


 もう一人はブリアンだった。

 ブリアンはわたしたちのやり取りを黙って聞いていたけど、ここで口をはさんだ。

  

「アジアの東の端だよね」

「うん、そうそう!」

「知ってるよ」


 そこで、ブリアンは「ふああ」とあくびをした。近くにいた年少の少年が「ちょっと、兄さん!」と注意した。ブリアンの弟のジャックだ。


 ブリアンはあくびの後でこう言った。気だるげに長い髪をかきあげながら。

「まぁ、世界にはいろいろな国があるから、知らない国の人でも、どうってことないけどね。国なんてどうでもいいから。なぁ、ジャック」


 ちなみにジャックはブリアンと違って、髪型も服装もキッチリしている。パッと見は兄弟とは思えない。同意を求める兄の言葉にも「知りません」とそっけない。

  

 ニュージーランドはイギリスの植民地だ。チェアマン寄宿学校の生徒も、ほとんどがイギリス人だ。

  でも、ブリアンと弟のジャックは違う。二人はフランス人だ。


 原作によると、二人は技師のお父さんに連れられて、最近移住してきたのだ。だから海を渡った経験もある。


——国なんてどうでもいい。


 わたしも、ブリアンのその言葉には賛成だ。無人島に子供たちしかいない危機的状況なのだ。どこの国の出身かなんて、ホントどうでもいい。

  

 ドノバンがイラだっている。にぎったこぶしが震えていた。


 あはは。笑っちゃだめだけど、気持ちが手に取るようにわかる。ブリアンが知っていることを自分が知らないなんて、許せないんだろうなぁ……。

  

 ドノバンはわたしをにらみつけ、なおも言う。

「それで、おまえはコックなのか?」

「ううん、ただの中学生だよ。でも、わたしのおじいちゃんがシェフで、料理を習ったんだ」

  

 わたしは、料理人コックではなく、料理長シェフという呼び方を強調した。

  

 おじいちゃん自身もシェフという呼び方に誇りを持っていたから。小さな店だけどね。わたしもいつか自分の店を持ちたい。そう決めていた。

  

 小学一年生のとき、「わたしのゆめ」というテーマで作文を書いたよ。

「おじいちゃんのようなシェフに、わたしはなる」

 そう書いた。その目標は、いまも変わっていない。

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