第5話 目が覚めるとそこは

 目が覚めるとそこは、船室のベッドだった。


 あ、わたし、まだ物語の中にいるんだ。


 ぼんやりとした頭で思った。「十五少年漂流記」に迷い込んだ状態が続いている。陸地に着いて二日目の朝だった。


 どうなっちゃうんだろう、わたし。


 パパとママの顔、中学校と親友のカオリン、それから、おじいちゃん。いろいろなことが頭に浮かんで、すぐに消えた。


 物語の中にいるなんて、あまりにも現実味がない。だからこそ、こんなに落ち着いていられるのかもしれない。


 同じベッドでガーネットが寝ていた。朝焼けの光で、ガーネットのさらさらの銀髪が輝いている。


 船室の一部をカーテンで囲って女子部屋をつくったのだ。ほぼベッドだけの狭いスペースだけど、少年たちの目を気にしなくていいので助かる。


 ガーネットが身を起こした。


「ん、ヒカリ、もう朝?」

「おはよ、ガーネット。朝だよ」


 ほかの少年たちはまだ寝ているようだ。


 わたしとガーネットは船室をそっと抜け出して外に出た。ちなみにゴードンからは「女子はなるべく二人一緒に行動するように」と、先生のような口ぶりで念を押されている。


 縄ばしごを使って、甲板かんぱんから砂浜に降りた。

 スラウギ号はがけに囲まれた砂浜に乗り上げていた。


 みんなの関心事は、この陸地が、島なのか、大陸の一部なのか、そして人が住んでいるのかどうかだった。

  

「ふっふっふ。しょくん、教えてあげよう。ここは無人島だよ」


 わたしは、本当はそう教えたかった。

 でも、「何でわかるんだ?」と、またクロッスやウェッブらにあやしまれそうだから、だまっていた。

  

 スラウギ号はあちこち壊れていて、このままでは航海は難しい。そもそも子供だけで航海は無理だ。助けがくるのを待つしかない。


 早朝の海風が少し肌寒い。

 わたしはガーネットと砂浜を歩く。


 ビルも家も電柱もない。目の前に広がっているのは、自然そのまんまの景色だ。

  

「スマホがほしいなぁ」


 思わず口に出た。


「スマホ? 何それ」

「いや、何でもない。あはは」


 いぶかしむガーネットに、笑ってごまかす。


 だって無人島に来るなんて、なかなかないから。せっかくなら写真を撮っておきたい。


 スマホは中学生になったときに買ってもらった。写真はよく撮るよ。景色だけじゃなくて、自分がつくった料理とかね。


 でも残念ながら、スマホは手元にない。


 無人島に行くなら何を持っていく?

 そんな質問、よくあるよね。


 わたしだったら何だろう。やっぱり太陽光で充電できるライトとか……。


 ていうか、もう無人島にいるし!

 スマホどころか、荷物は何も持ってないし!


 着替えはガーネットから借りることになったけど。こんなことなら、もっと役にたちそうなものを持ってきたかったなぁ……


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 砂浜のはずれが河口になっていて、小さな川が海に流れ込んでいる。


 川の水で顔を洗う。水が冷たくて気持ちいい。気持ちがシャッキリとして、目が覚めた。

  

 そのうちに少年たちも起きてきて、浜辺を歩いたり顔を洗ったりし始めた。

  

「ヒカリ、きょうも忙しい一日になるよ」

「そうだね。まずは腹ごしらえかな」


 わたしとガーネットは昨日、下級生を指揮して荷物の確認と整理をした。きょうも続きをやる予定だ。ゴードンら上級生たちは近くを探検することになっている。


 ちなみに昨日の夕食には、出航前日に持ちこまれた食事の残りを食べた。ローストチキンとかチョリソーとか。


 今朝もまだ残っていたので、そのまま朝食にした。皿にのったチキンとビスケットがみんなに配られた。


「ビスケットだけはたくさんある。保存食として大量に持ってきたからな」

 ゴードンがみんなに説明した。


「パンはないの?」

 たずねたのは、コスターという少年だ。最年少の八歳で、いつも食べることばかり考えている。


 ガーネットが答えた。

「ごめんね、コスター。パンと小麦粉は出航の直前に持ち込むはずだったんだ」

  

 とりあえず食べるものがあるだけでも、ありがたい。とはいえ、正直、あまり食欲がわかないなぁ……。

  

 チキンは冷えて固く、しかも皮の脂がにおう。ビスケットはパサパサして味がなかった。


 なんとなく沈んだ空気のなか、みんなが無言で朝食をとる。


 そうそう、わたしと十五人以外にも、スラウギ号には乗客がいた。ゴードンの飼い犬のファンだ。


 ファンの見た目はボーダーコリーに似ている。沈んだ空気のなかで、ファンだけが元気に船室を走りまわり、ビスケットをもらってボリボリ食べていた。


 ファンの食べっぷりを見ながら、わたしもビスケットだけは無理して食べた。何も食べないわけにいかない。


 ガーネットもあまり口をつけていない。わたしはガーネットに聞いてみた。


「ねぇ、家ではいつも朝食に何を食べるの?」

「普通のイングリッシュ・ブレックファーストだよ」

「何それ?」

「トーストにジャムをぬったものと、焼いたベーコンにマッシュルーム。焼いたトマトも欠かせないね。レンズ豆の煮物と、それからスクランブルエッグ!」

「おいしそう!」


 でも、普通っていうか、それって、たぶん上流階級の食事だよね……。


 わたしはチキンを見ながらつぶやく。


「わたしなら、もうちょっと食べやすい朝食をつくるかなぁ」


 何気なく言ってから、しまったと気づく。つい口に出た。


 ガーネットがわたしの顔をのぞきこむ。

「ふうん。例えば、どんな?」

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