第4話 ややこしいことになってきた

 ややこしいことになってきた。

 わたしの扱いをめぐって、もめている。

  

 いやいや、わたしのことはどうでもいいよ。もっと大事なことあるよね? 陸地を探検したり、食べものを探したり、船の荷物を確認したり。やることいっぱいだよね?

  

 さわいでいるのは、主にクロッスとウエッブだ。わたしを「あやしい」だの、「ロープでしばった方がいい」だのと訴えている。

  

 わたしはみんなに「船を間違えちゃったんだ」と説明した。


「暗くてわからなくて。眠いからそのまま船室で寝ていたら、いつのまにか出航していたんだよ」


 口から出まかせだけど、仕方ない。

 物語の世界に入っちゃった! と言っても、誰も信じてくれないよね。わたしだって半信半疑なのに。

  

 ゴードンが少年のひとりに声をかけた。

「ブリアン、きみはどう思う?」

  

 その少年は空を見上げていた。

 茶髪を長く伸ばしたロン毛だ。シャツのボタンを半分くらいあけ、すそを出したルーズな着こなしで。

  

「ふぅん、別に構わないんじゃない? その子がいても」

 少年はゴードンの問いにそう答えると、「ふああ」とあくびをした。

  

 えっ、うそ。これがブリアン?

 わたしはショックを受ける。

  

 ブリアンは、原作では主役といってもいいキャラだ。明るくて熱血漢。みんなの輪の中心で、下級生の信頼も厚い。それを気にくわないドノバンが何かとブリアンに突っかかり、ゴードンが二人をなだめる――。というのが「お約束」の展開だ。

  

 それなのに、目の前にいるブリアンは、何だかユルい雰囲気で、ひょうひょうとしている。原作とはずいぶん違うなぁ……。


 ドノバンがあざけるように言った。

「そんなやつに聞いても、意味ないだろ」

 うーん。ドノバンは原作そのままだね。いっそすがすがしい。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ウエッブがわたしを指さして、しつこく言う。

「とにかく、こいつは乗員名簿にのっていないんだ。信用できるわけないよ」

  

 むぅ、ウェッブめ。

 さっき、けとばしてやればよかった。

  

 するとウエッブの言葉に、今度は突然、ガーネットが笑い出した。

「あははは……」

 その場違いな反応に、みんなが何ごとかと注目した。


 ガーネットが言う。

「乗員名簿なんて、意味ないよ。わたしだって乗員名簿にのっていないんだから」


 みんなはポカンとして、「何を言っているんだろう」という顔をした。

  

 そのとき、誰かが大声をあげた。

「あっ!」

  

 声を出したのは、サーヴィスという少年だ。転がるようにしてあわてて前に出てくると、ガーネットに問いただした。

「おまえ、まさか妹か? 兄じゃなくて」

「ふふふ、正解」

 ガーネットがイタズラっぱくほほ笑む。

  

「うそだろ? 兄の方はどうしたんだよ」

「今ごろお家のベッドで寝てるんじゃないかな。熱を出してうなされていたから」

「オーマイガッ、なんてこった!」

  

 ガーネットとサーヴィスのやり取りをみんなが不思議そうに見つめる。まもなくガーネットが説明してくれた。

  

「わたし、双子の兄妹の片割れなの」

 チェアマン寄宿学校は男子校だ。通っているのは兄。そして妹は別の女子校に通っている。いまここにいるのは、妹だった。

  

「今回の船旅、ぜったい一緒に行きたかったんだよね」

 ガーネットがあっけらかんと言う。

 兄に「ついて行きたい」と頼んだが、「少年ばかりのグループだからダメだ」と断られた。


 しかし出発前日に兄が熱を出して寝込んでしまった。二人は外見がそっくりなので、妹はこれ幸いと、兄のふりをして参加したのだった――。

  

 サーヴィスは家族ぐるみでガーネットと付き合いがあるから、妹のことも知っていたらしい。ガーネットの衝撃の告白に、サーヴィスは頭を抱えている。

 みんなもあぜんとしていた。

  

 兄に化けて少年たちに混ざるなんて、無茶なことをするものだ。


 ガーネットはこれまでに何度もスラウギ号で航海しているそうだ。お父さんが船長として引率するはずだったから、乗船後のことも「心配していなかった」と笑った。

  

 ガーネットはわたしの両手を取って言う。

「わたしはヒカリを歓迎するよ。女が二人に増えてうれしい! よろしくね」

「うん! よろしくね」

  

 ガーネットは船長の息子、ではなくて娘なので、こうみえて発言力がある。彼女の後押しで、わたしはチームの一員に認められたのだった。

  

 それにしてもガーネットが女だったなんて、びっくりだ。原作では、そんなこと一言も書かれていなかった。


 本当はどうだったのかな。

  

 ガーネットは、原作でほとんど活躍しないキャラなんだよね。上級生なのに島の探検にも参加せず、身体をはって汗を流す場面がない。


 アコーディオンが好きで、よく弾いていたのは覚えている。「アリとキリギリス」のキリギリスみたいな感じだ。

  

 実は原作でも、ガーネットは女で、それを最後まで隠し通したのかもしれない。


 目の前の美少女を眺めながら、わたしはそんなことを想像していた。

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