第3話 わたしは尻もちをついたまま

 わたしは尻もちをついたまま、ウェッブをにらみつけた。

  

 ウェッブはわたしを見下ろして言う。

「なんだこいつ。女のような悲鳴をあげやがって」

  

 わたしの頭にカッと血がのぼる。


 ムカムカーッ!

 あんたのせいでしょ!

 ていうか、わたし女だし!


 でも、興奮しすぎて、とっさに言葉が出ない。けりとばしてやろうかと思ったとき、声がした。

  

「ストップ、そこまで」


 小柄な子がサッと飛び出してきた。わたしとウェッブの間に割り込むと、ウェッブに言う。


「向こうに下がりなよ」

  

 その言葉には妙な迫力があって、ウェッブは不満げながらも後ろに下がった。

  

「きみ、大丈夫?」


 わたしはその子に助けおこされる。

  

 わっ。この子、すごい美少年だなぁ……。

 まつげが長くて、肩のあたりで切りそろえた銀髪がさらさらと揺れている。わたしはその整った目鼻だちに思わず見とれてしまった。

  

 これがガーネットとの最初の出会いだ。


 わたしはこの時点では、ガーネットを美少年だと思っていた。美少女ではなくて。だって原作の十五人は全員男だったから。

  

 ガーネットはわたしの顔をのぞきこんで言った。

「きみは、もしかして女だね?」

「うん、そうだよ」

  

 わたしがうなずくと、少年たちにどよめきが広がった。


 えっ、そこ、驚くところ?

 ウエッブが大口をあけてポカンとしている。うーん、確かにわたしは髪もショートだし、体つきもやせているけどさ。男だと思われていたらしい。

  

「きみの名前は?」

「ヒカリ」

「ふうん、珍しい名前だね。年齢は?」

「十三歳」

  

 そこまで話したとき、今度は別の少年が近づいてくる。


 ドノバンと同じくらい背が高い。髪にきちんとクシをあてて、口を真一文字に結んでいる。


 ゴードンだ。最年長の十四歳。わたしが内心「三十歳くらいにみえるなぁ」と思ったことはナイショだ。ゴードンはそれほど落ち着きがあって、雰囲気が大人びていた。

  

 ゴードンがガーネットにたずねる。

「ガーネット、その子は乗船名簿に名前が入っていたのか?」

「いや、入っていないね」

「スラウギ号の乗客や船員ではないんだな?」

「うん、違うみたい」

「だとしたら密航者というのも、あながち間違いじゃない。船が漂流した原因に関わっていた可能性もある」

  

 ゴードンの指摘に、わたしは「えっ」と目を見開く。


 ガーネットがわたしに問う。

「そうなの?」


 わたしはぶんぶんと首をふった。

 違うから!

 密航者じゃないし、漂流はわたしのせいじゃないから!


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 さて、このあたりで、スラウギ号にはなぜ子供しか乗っていないのかを説明するね。


 スラウギ号はニュージーランドから来たんだ。子供たちはニュージーランド最大の都市オークランドにある、チェアマン寄宿学校という名門校の生徒なんだよ。

  

 ニュージーランド!

 豊かな自然にキウイフルーツとシーフード!

 いつかは行ってみたい憧れの国だなぁ。

  

 物語の舞台は一八六〇年。


 日本は江戸時代だよね。えっと、大政奉還が「一夜むなしく」で「一八六七いちやむなしく年」だから。その少し前ってことだよね。


 そのチェアマン校のとあるグループが、夏休みに船で旅行に行く計画をたてたんだ。

  

 船の持ち主は、ガーネットのお父さん。退役した海軍将校で、これまでに太平洋の島々とか東南アジアとか、あちこち航海しているらしい。

  

 子供たちの親も「ガーネットのお父さんの船なら安心だ」ってことで、快く賛成した。六週間かけてニュージーランドを一周する計画だったんだって。


 楽しそうだよねぇ。夏休みに船でバカンス。日本は江戸時代だっていうのに、ギャップがすごい。


 もちろん大人も一緒だ。

  船長のガーネットのお父さんをはじめ、船員が七人、コックが一人、それから見習い船員のモコを含めた十人が乗り込む予定だった。

  

 さて、子供たちは気分が盛り上がっちゃって、出発前夜から船に乗り込んじゃう。その気持ち、わかるわかる。


 ところが夜がふけて、子供たちが船室で寝ていたら、船をつないでいたロープがなぜか外れちゃったんだ。

  

 大人はみんな港の酒場に出かけていて、船員は留守番のモコしか残っていない。みんながハッと気づいたころには沖合に出ていて、港に戻れなくなっていた。


 しかも運悪く嵐になって、暴風でどんどん流されてしまう。わたしがスラウギ号に迷い込んだのもそのころだと思う。そして、この陸地に流れ着いたんだ。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る