第2話 「十五少年漂流記」は知ってる?

「十五少年漂流記」は知ってる?

  

 小学校や中学校の図書室に必ず置いてるから、手に取ったことあるかもね。

  

 作者はフランスのヴェルヌさん。


 もともとの題名は「二年間の休暇きゅうか」なんだって。でも日本では「十五少年漂流記」の方が知られている。十五人の子どもたちが無人島に漂流して、力をあわせて生きのびていく。ドキドキワクワクのサバイバルストーリーなんだ。

  

 わたしに「十五少年漂流記」のことを教えてくれたのは、おじいちゃんだ。


 おじいちゃんから古い本を見せてもらったよ。赤色の表紙に「十五少年」と書かれて、十五の星の絵も描かれていた。明治時代の本だって言ってた。そんな昔から読まれていたんだね。


 おじいちゃんは若いころ旅客船で働いていて、世界中を旅しながら料理をつくっていたんだ。そのときお守りがわりに持っていた本で、おじいちゃんのそのまたおじいちゃんからもらったんだって。


 その古い本は漢字が多くて、わたしには読めなかった。それで、おじいちゃんに新しい文庫本を買ってもらった。


 夢中で読んだよ。繰り返し読んだから、十五人の名前を暗記してスラスラ言えるようになった。


 さて、わたしがどんな風に「十五少年漂流記」の世界にやって来たのかを伝えるね。


 といっても、一番最初のきっかけは、自分でもよく分からないんだ。

  

 わたし、どんな風に本の中に入ったんだろう。


 本のページに吸いこまれたのかな。本を抱えたまま異次元の穴に落ちたのかな……。思い出そうとしても思い出せない。記憶がモヤモヤしている。


 気がつくとわたしは、スラウギ号という船に乗って、十五人の子どもたちと一緒に嵐の海をさまよっていた。


 もちろんびっくりしたよ。


 ええっ?

 ちょっとちょっと!

 何これ、ウソでしょ?


 びっくりしたけど、わたしはすぐに、「あっ、これは『十五少年漂流記』だ」と気がついた。ストーリーを暗記していたもん。

  

「だったら、これって夢だよね」

  

 きっと夢のなかで、本の場面を体験しているんだ。そう思っているうちに、船は木の葉のように運ばれていく。わたしは船室で激しい揺れに悲鳴をあげ、気分が悪くなってうずくまり、吐き気をがまんした。


 その頃になると、さすがに「もしかしたら夢じゃないのかも」と思い始めていた。


 だって、あまりにもリアルすぎる。

  

 嵐の音も。

 船がきしむ響きも。

 お腹をつきあげる吐き気も。

  

 これが現実じゃなかったら、何なの?

 まさか、ホントのホントに、本の中に入り込んじゃったの?


 やがてスラウギ号は陸地にたどり着き、海岸に打ち上げられたんだ。


 頭の中がハテナマークでいっぱいになりながら、わたしはみんなと一緒に上陸したよ。みんなの後について、フラフラと砂浜に降り立ったとき、わたしは改めて、自分が注目を集めていることに気づいた。


 わたしの服装はカジュアルな普段着だった。パーカーとジーンズとスニーカー。他のみんなはジャケットやシャツを着ているから、見るからに雰囲気が違う。パジャマではなかったのは幸いだったけど、いたたまれない。


 夢ならそろそろ覚めてくれないかな。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 わたしは十五人の少年に取り囲まれる。

  

「おい、おまえはいったい何者なんだ?」

  

 いちばん背が高くて、いちばんハンサムで、いちばん偉そうにみえる少年がわたしに声をかけた。金髪がライオンみたいな少年。ドノバンだ。

  

 わたしは、ドノバンの話す言葉が理解できるのが不思議だった。


 ドノバンはたぶん英語で話している。わたしは英語が話せないどころか大の苦手だ。それなのに、ドノバンの言っていることがちゃんとわかった。


 口と耳ではなくて、心で会話している気がする。これって、テレパシーかな。

  

「おれの言葉が聞こえないのか?」

  

 ドノバンの声に、ぼんやりしていたわたしはハッとする。

  

「あ、ごめん。ちゃんと聞こえているよ」

「それで、お前はなぜおれたちと一緒に船にのっていたんだ?」

「うーん。それがわたしにもわからないんだよね」

  

 ドノバンはわたしの返事に顔をしかめる。


 ドノバンというのは金持ちの地主の息子で、学校の成績も優秀。みんなのリーダー格のひとりだ。原作では、ごうまんを絵に描いたような感じだった。

 わたしは心の中で「原作の通りだなぁ」と思った。

  

 ドノバンがモコにたずねる。

「おい、モコ」

「は、はいっ」

「こいつも、おまえと同じ、見習いの船員なのか?」

「いいえ、ちがいます」

 モコが首をふる。

  

「あやしいよな、こいつ」

 そう言ったのは、クロッスというひょろりとした少年だ。原作ではドノバンの子分のような役回りだ。

  

「うんうん、勝手に船にのるなんて。密航者みっこうしゃじゃないのか」

 その隣で太った少年も賛成した。短く刈り込んだ髪がハリネズミのようだ。こちらはウェッブという、やはりドノバンの子分だ。

  

「何なんだ、その変な服は」

 ウエッブがそう言って手をのばし、わたしのパーカーのえりもとをつかもうとする。

  

「きゃっ」

 わたしはウエッブの手から逃れようとして、後ろにこけて尻もちをついた。


  

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