さいはてレストラン 十五少年少女のシェフ
やなか
第1話 湯気のたつ大鍋を
湯気のたつ大鍋を、わたしはお玉でかきまぜる。
大鍋の中身はスープだよ。具はカモのひき肉を丸めたミートボール。香りの良いローリエの葉っぱも入れた。
小皿にとり、味見をする。
「うん、おいしい!」
カモのしっかりとした風味とコクが口のなかいっぱいに広がる。
「ヒカリ」
わたしを呼ぶ声がした。
振り返ると、ふわふわの巻毛に
「ヒカリ、キッチンストーブの調子はどうだ?」
「うん、やっぱり火力が弱いんだよね」
そう答えると、モコは頭をかきながら言う。
「なんでかなぁ。もっと火力が上がるはずなんだよなぁ」
キッチンストーブって、日本ではあまり聞かないよね?
ストーブの上がコンロになった調理器具だよ。肉や魚を焼けるし、鍋もあたためられる。船に積まれていたのを、モコと一緒に苦労してすえつけたんだ。
モコの隣から小柄な少年が顔をのぞかせた。長い前髪のせいで、目がほとんど隠れている。バクスターだ。
バクスターが小さな声でささやく。
「あ、あのさ。は、配管がちゃんと通っていないのかもしれない」
「えっ、だとしたら大問題じゃん」
「よ、よし。ぼ、ぼくが後で分解してみよう」
「バクスター、それって分解してみたいだけだろ」
バクスターとモコの会話をさえぎるように、わたしは笑いながら言う。
「ふふ、大丈夫だよ。ちゃんと料理は仕上がったから」
そのときだ。
ガチャリと扉が開き、背の高い少年が入ってきた。
整った顔だちにライオンのたてがみのような金髪。肩に
「ヒカリ、いま湖の向こうでとってきた。使うか?」
「ドノバン、きょうは使わないよ」
わたしが答えると、ドノバンが無言でうなずき、きびすを返す。
わたしはドノバンの背中に声をかける。
「いつもありがとう。ちゃんと血抜きをして、食品庫にぶら下げておいてね」
「いちいち言うな。わかってる」
ドノバンはチッと舌打ちをすると、足早に去った。
なんだか嵐が吹き抜けたみたいだった。
かたわらで、クスリと笑った気配がした。いつのまにかガーネットが隣に立っている。
「ガーネット、どうして笑ったの?」
「だって、ドノバンのやつ、絶対に喜んでいるから。ヒカリにありがとうって言われて」
「そうかな」
「そうに決まってる。あいつ、素直じゃないんだから」
ガーネットがそう言ってわたしに腕をからめる。
ガーネットは少女だ。
少年ばかりのチームのなかで、わたし以外では唯一の。
ガーネットは女同士の気やすさか、わたしへの距離が近い。人形のようにきれいな顔を息がかかるくらいに寄せてきたので、わたしは思わず声を上げる。
「ガーネット、近い近い!」
わたし以外に、十五人の少年と少女。
それがこの島にいる人間のすべてだ。
みんなの名前、もしかしたら聞いたことがあるかもね。そう、わたしは本の中に迷い込んでいた。
あの「十五少年漂流記」の世界に。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
あらためて自己紹介するね。
わたしの名前はヒカリ。
十三歳の中学一年生。
好きなことは、おいしいものを食べること。それから料理をすること。
料理は得意なんだ。たいていのものならつくることができるよ。
わたしは小学生のころから、食事の準備を自分でやっていた。パパもママも仕事で帰りが遅いから。
といっても、夕食は、おじいちゃんのお店で食べさせてもらうことが多いけどね。
おじいちゃんは洋食レストランのシェフなんだ。わたしが料理好きなのは、おじいちゃんゆずりだと思う。
そうだ。わたしの好きなもの、もう一つあるよ。おじいちゃんのお店!
おじいちゃんはいつもパリッとした白い服を着て、白い
おじいちゃんはタマゴを三つ割って、チャッチャとかきまぜて、銀色のフライパンにそそぐ。
わたしは「早くしないとタマゴがコゲちゃう」といつもドキドキする。おじいちゃんはゆうゆうとして、チキンライスをボウルからフライパンにシャモジで移す。
それから左手でフライパンを持って、トントンとゆすると、みるみるうちに丸まってオムライスになるんだ。
あつあつでツヤツヤでトロトロのオムライス。食べたらほっぺが落ちるよ。
わたしはお店のカウンターにすわって、おじいちゃんが料理をつくるのを眺めるのが大好き。
さて、そんなわたしがなぜ「十五少年漂流記」の世界にいるのか。そして、なぜこの島でシェフを目指しているのか。
それはこれから説明するよ。話せば長くなるけどね。
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