第7話 話はさらにややこしく

 話はさらにややこしくなる。


「とりあえず、ヒカリに試しに何か朝食をつくってもらおうよ」

 ガーネットがそう言って話をまとめようとしたとき、「ちょっと待った!」と声が上がった。


 声の主はサーヴィスだ。ガーネット(兄)と家族ぐるみで仲がいい少年だ。

「そういうことなら、おれも料理担当に立候補するぞ!」


 サーヴィスの言葉に、ガーネットが冷たい目を向ける。

「サーヴィス、あなたが料理しているところなんて、見たことないよ」

「ふふん、こういうチャンスを待っていたんだ。おれはサバイバルの専門家だからな」

「何言ってるの、ただのロビンソンマニアでしょ?」


 二人のやり取りに、わたしは原作を思い出した。


 サーヴィスは、デフォーの小説「ロビンソン・クルーソー」が大好きなのだ。ロビンソンの本を真似して、あれこれ提案しては、みんなを引っかき回す。


「おれの知識が今こそ役に立つときだ。料理はサバイバルの基本だろ。おれにまかせるべきじゃないか」

 サーヴィスはそう言ってガーネットにウインクをした。


 そうそう。サーヴィスは原作でもこんなキャラだった。よく言えばムードメーカー。悪く言えば、ちょっとズレている。


 クロッスとウェッブが勢いを取り戻す。

「よく言った、サーヴィス!」

「おれらはサーヴィスを推すぞ。なにしろチェアマン校の仲間だからな」


 ドノバンはもはや馬鹿らしくなったのか、「勝手にしろ」と言って席に戻った。


 ガーネットがため息をついて言う。

「それなら、ヒカリとサーヴィスで一緒につくったら?」


 するとサーヴィスがニヤリと笑みを浮かべて言う。

「いや、違うだろ。チェアマン校ではこんなとき、やることはひとつだ」

「何なの?」

「決闘だよ! 料理担当の座をかけて、おれとヒカリで決闘するんだよ」


「いいぞいいぞ!」

 クロッスとウェッブがはやしたて、下級生までもが歓声をあげて盛り上がった。

「決闘だ!」

「決闘だって!」


 ちょっと、何この展開?


 ガーネットがピシャリと言う。

却下きゃっか!」


「ガーネット、何で却下なんだよ!」

 サーヴィスが赤い顔をして言い返した。


「ヒカリもわたしもチェアマン校の生徒じゃないもん。流儀にしたがう必要ないでしょ」

「ローマに入ればローマに従え、だよ」

「そんなの知らない。決闘なんて野蛮なこと、ヒカリにはさせられないよ」

 ガーネットがわたしと腕を組み、サーヴィスにアカンベーをした。そのしぐさがかわいい。


「ガーネット、何も取っ組み合いをするわけじゃないぜ。料理で勝負するんだよ」

 サーヴィスの言葉に、わたしも思わず声が出た。

「えっ、料理で勝負?」


 ホント何それ。


 ここでゴードンが待ったをかけた。

「待て待て、みんな。遊んでる場合じゃないぞ。やることがたくさんあるんだ」


 ゴードンの言葉には説得力がある。うん、さすが人生の重みだね。って、年齢はそんなに変わらないんだけど。わたしの中では、ゴードンのイメージは保護者だ。 


 そのとき、テーブルのはしでひとり本を読んでいた少年がポツリとつぶやいた。

「決闘したいなら、やらせればいい」


 少年の名はウィルコックスという。

 ウィルコックスもブリアンと同じように、みんなの騒ぎをここまで聞き流していた。


 ゴードンがウィルコックスに目を向けると、ウィルコックスはさらりと言った。

「どうせ、食事は必ずつくるんだ」


 ウィルコックスは、ふだんドノバンらと一緒にいることが多い。でもクロッスやウェッブとは違う。クールで口数は少ないが、物ごとをちゃんと見ている。


 ゴードンもウィルコックスの言葉にうなずいて言った。

「それもそうか。サーヴィス、決闘はどんな風に行うつもりなんだ?」

「やり方はシンプルだよ。二人で朝食をつくって、どちらがふさわしいか決めてもらうんだ」


 ガーネットがサーヴィスに言う。

「そんなのヒカリが不利だわ。みんな同じ学校のサーヴィスを応援するでしょ」

「決闘は立会人を三人選ぶんだ。今回は立会人が審査すればいい。天に誓って、公正に判断するんだよ」


 決闘かぁ。

 なんかイギリスの学校の男子って、そういうことが好きなイメージがある。


 みんなの視線がわたしに集まっている。


 どうしよう。

 心臓がドキドキしてきた。

 目立つのは嫌だけど、騒ぎになった責任は取らなきゃ。


 深呼吸して覚悟を決める。


「わたし、決闘を受けるよ」

 そう言うと、みんなから歓声があがる。


 ガーネットが心配そうな顔で言った。

「ヒカリ、無理しなくていいんだよ」

「ありがと。大丈夫だよ」

 大丈夫じゃないかもだけど、でも、料理のことで後ろ向きになるのはいやだ。


「立会人はだれがやるの?」

 ガーネットがたずねた。

 うん、そこは重要だ。


 みんながたがいに顔を見合わせていると、ウィルコックスが言った。

「ゴードンとドノバンとブリアン。その三人なら誰からも文句は出ない」


 うん、それならいい。

 ドノバンはともかく、ゴードンは公平に判断してくれる気がする。ブリアンはちょっとよくわからないけど。


 こうして、わたしは朝食で決闘することになった。




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