第5話 チーレム作者や読者が弱者男性ばかりって、そんなわけないじゃーん①



 こんにちは、珠邑たまむらです。


 土日は家事育児に専念するため、PCを立ち上げられぬ珠邑です。よって、更新してない間に首位陥落するかとおもったら、週間キープの月間三位。ありがたやありがたやありがたすぎてぴえんぬ。


 あーりーがーたーや――――!(土下寝)



 さて。表題ですが。

 そもそも、チーレムとはなんぞや?

 

 いやいや、大体みなさまご存知ですよね。

 そうです。チートハーレムの略です。


 異世界転移したり転生した主人公が、転移のギフトでなんらかのチート能力をさずかり、無双してハーレムを築くという、アレです。

 いや、よくできてますよね、これ。うまいなぁと感心しきりです。



 ***



 ところで、今日某SNSで見たとあるマンガなのですが、すごかったのです。

 理想的な、いまは亡きお母さんのレベルを妻に求めていた男性が、ふとお母さんの遺品を見ると、中から趣味のBL本がでてきたり、お父さんの死後バリバリにオンナ出して彼氏といちゃいちゃしてる写真がでてきたり、かつ、このお母さんのレベルを妻に求めていたら「子育て失敗だったから残しておきます」と書かれていたりで、最後反省するという内容だったのですが、これ物凄くよくできていて、「ああ、文学とはこういうものだよな」と思ったのです。


 表現こそマンガですが、これこそ文学の領域よな、と。


 ワタクシは、「文学とは啓蒙けいもうである」と考えておりまして、文字通り、視座を広くすること、新たな視座を得る内容であることこそが、その本懐であると思っているのですね。


 このマンガの秀逸であったのは、お母さんが真に教育力の優れた女性であったという点でした。


 ちょっと長くなりますが、どうぞお目通し下さい。


 ワタクシには息子と娘がいますが、男子を育てる時に特に必ず出てくる言説が、


「男子は女子に比べて精神面での成長が遅い」

「発達が遅い」

「なんならずっと中身は子ども」


 というものです。


 これは男子の視界と女子の視界の差としても歴然としてあらわれています。(男子が、関心の深いものに対して過集中するという件から論じたものでした。ご興味がおありでしたら、男子育児の専門書をご覧ください)


 このあたりは、出産を担う個体である女子は、男子よりも身体的に早々に発達しなくてはならないという点からも、想像がつくかと思われます。


 男性は、社会的に幼稚な人が多い、と見なされてきた。

 ではその理由は何なのか。


 これ、本質的には女性から観測される見解である点を加味してみる必要があります。正確には、「本音の帳尻を女性を座布団にすること」で解消する男性が多いということを意味します。


 故に、女性から見ると、「社会のヒエラルキーで頂点にいけない俺を帳消しにするために、より下位の存在である女性(ないし子ども、若輩)を用意し、それを利用する」という行動をとりがちであるため、そういう男性しかいないように見えている――ためだと、ワタクシは推察しております。



 そして、この幼稚性の発露を言語化するとしたら「人を役割ロールでしかとらえれない」であると。



 これをそうだと観測するのは、そう扱われてきた女性による主観です。

 

 先述したマンガの主人公男性は、お母さんを「お母さん」という役割ロールでしかとらえられずにきたわけです。それを妻にも求めたと。

 そしてくだんのお母さんは、息子の対人社会性について、とてもよくわかっていらっしゃったのだろうと。


 お母さんは、彼の(健常発達の別なく)精神発達の度合いや性格を考慮して、自らの死後、彼の人生において、人間関係や環境からどんな状況が発生し、つまずくかを予測した。


 その結果、あの暴露を行ったのだとみています。


「お母さんは、あなたを育てる役割は行ったけれど、人間とはそれだけのものじゃないのよ」と。


 こちらのご母堂は、ほんとうにすばらしいお母さんであったのです。

 作中にて、「わたしがそう見せたかった」と、自らを主語にして(つまり引責して)集約していましたが、それも真実でありながら、自らがそうあることと必要性を熟知していた。主人公の成育や、受容レベルに応じて、見せるべき姿、見せない姿をコントロールして、彼が安定して成長できるように心を尽くした。

 かつ、自分の人生も自分で謳歌した。

 素晴らしいことです。


 そして、彼が結婚したのち、母とは、妻とは、という役割ロールに偏った思い込みが発生していた場合を考慮して、ベストなタイミングで「女性は役割ではない」と伝えた。


 そして、彼は反省して受容したわけです。



 これね、面白いのが、「幼稚」な男性がいるわけではないという点なのです。

 「幼稚な本音」をぶつける対象者を、相手を見て男性は変えているのです。


 だって、顧客に対して「え? ぼくなんか、やっちゃいましたか?」とかやらないでしょう?


「子どもが小さいからって、家事くらいふつうにできるでしょ、甘えないでよ」

「家にいる時くらいゆっくりさせてよ」

「オンナすててるし、性格も変わってきつくなったし、詐欺だ、だまされた。結婚なんかするんじゃなかった」


 たとえここまでいかなくても、思うでしょ?



「あったかいご飯と、片付いた部屋と、やさしい笑顔と言葉をかけてくれる女性と暮らしたい」って。



 ここで透けて見えるのが、多数の男性がもっている女性観と、女性にもとめる役割。これがジェンダーです。


 疲弊していれば疲弊しているほど、回復したいのは当たり前です。

 家庭にケアリングを求めているでしょう?

 同じように日々働いているパートナーに対して、仕事からかえってヘトヘトになってから、毎日毎日死ぬまで一方的にケアをやってつくせと言われたらしんどいでしょう? 社会的にそうだからという価値観を押し付けられたら、いやでしょう?

 でも、自分はそれを相手に求めるでしょう?



 これ、性別逆転したのがスパダリです。



 つまり、言い換えれば性別は関係ありません。

 男女差でネックがあるとしたら、社会的な圧力がこれまであったか否かでしょう。今時流が変わりつつあって、男性も家庭労働やケアリングを共有しましょう、となっていますけどね。


 ケアリングって、やるとね、案外やるほうも癒されたりするんですけどね、やってないから知りませんよね。


 さて、話をもどします。

 結論から言えば、「幼稚だから弱者男性になる」わけではありません。




 長くなったので、二回に分けます。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る