無限人間の別世界
福田 吹太朗
無限人間の別世界
その一 はじめに
こことはどこか違う場所に、無尽蔵に人間が沸き出てくる別世界があった。
あまりに人が溢れ出るので、政府や企業や組織や団体、裏の世界のお偉いさんたちが話し合った結果、それらの人間を有効活用する計画が始まった。
何しろ人が多すぎるのである。
それらを適材適所、効率的に利用しない手はむしろなかった。
そうして何年かが経過し、計画は軌道に乗ったかに見えた。実際上手く機能していたのだ。
それらの人間たちは水を得た魚のように、目を輝かせて生き生きとしながら、利用、されていたのである。
その二 街
街のスモッグの向こうの空は今日も澄み切っていた。
薄灰色の膜の切れ目から太陽の光が降り注ぎ、街は今日も活況を呈していた。
そこは一見、どこにでもある普通の街に見えた。だが違っていたのである。
道路の上を行き来する車は、全て人間だった。人間がうつ伏せに頭を前にして横たわり、いったん走り出すと両腕が前輪、両足が後輪となって、それら四つのタイヤがぐるぐると回転しながら、車と同じスピードで走行していた。
まさに生けるオートモービルだった。
その他にも、街灯や信号は人間、ポストや標識も、看板は即興で演じる人間がおり、街路樹はご丁寧にもその全てが人間で、一切動かず等間隔に並んでいたのだった。
特に街灯の成り手は少なかった。身長が二メートル以上と決められていたからである。
一番難易度が高かったのは、横断歩道なのだった。体が大きくて幅の広い人間を探してくるのは容易ではなかった。
けれども彼らは皆、給料を貰って雇われていたので、自ずと雇用も創出されていたのだ。
これは画期的な方法に見えた。
横断歩道人間などは、一時間千二百ペルソナの高給取りだった。
街灯は千ペルソナ、看板は九百ペルソナ、郵便ポストは七百ペルソナといった具合だった。
車だけはその持ち主によってマチマチで、タクシーは安く人使いの荒いことで有名だったのだが、高級車に選ばれた人間は、きっと誰もが驚くような報酬を受け取っていたに違いない。
今まさに一台の商用車が、会社へと出勤するところだった。会社が所有する車は格別給料が良かった訳ではなかったのだろうが、常に安定した給料が入るので人気の職種なのだった。
人間商用車は地下にある駐車場へと入って行く。
音も立てずなめらかに。それらは二酸化炭素も排出せずエコであり、しかもわざわざドライバーを雇う手間も省けたので、一石二鳥なのだった。
その三 企業
「タナカくーん、コピー!」
「分かりました、課長ー!」
「ヤマモトくーん、例の案件はまだー?」
「はーい、部長ー!」
会社は今日も朝から大忙しだった。
一人の若い社員が、コピーを取ろうとしていた。
人間コピー機は体格のいい人間の中から特別に選別された。彼はコピー機が動作を開始した合図として、一度咳払いすると、自ら徐に動き始め、体を小刻みに何度も振動させた。すると紙が一枚、また一枚と、口の中から吐き出されてきた。
「係長ー! コピー三十部終わりました! 今からファイリングしまーす!」
また一人、人間コピー機の前までやって来ており、コピー機の前には社員たちが大勢並んで、長い行列となっていた。
さらに別の社員は、人の腕をアームレスリングのように動かして、書類を束ねてホチキスの針で留めていたのだ。
このように企業でも、数多くの人間たちが引っ張りだこなのだった。
いくら人が多くても足りないぐらいだったのである。
昼休憩となり、社員たちが休んでいる間にも、多くの人間がまだ働き続けていた。
電話が鳴る。社員たちは出払ったままだ。
電話役の人間が、大声を張り上げて、メッセージを読み上げたのだった。
「タダイマ ジュウギョウインハ デンワニデルコトガ デキマセン キュウナゴヨウデシタラ メッセージヲ ドウゾ ピーッ!」
その声を社食で聞きつけて、大慌てで一人の社員が駆けてきた。
「はい! こちらナカムラ商事です!」
こうして社員たちが休んでいる間にも、彼らは大活躍なのだった。
さらに午後になっても彼らの活躍は続く。
「タカギくーん! 例の発注、工場に出荷をかけてくれたよねー?」
「はい係長代理、たった今手配したところでーす!」
お次はFAX人間の出番だった。
「ピーッ、ププププ、プー、ピー、ププーッ……!」
すぐに発注書は下請けの工場へと転送されたのだった。
ちなみに……社員たちが帰宅した後でも、夜番の機械人間が引き続き業務を行なっていた。
人間防犯カメラに、人間見回りロボット、さらには人間夜間受付、といった具合なのだった。
彼らに休む暇などはない。二十四時間戦い続けるのだ。
その四 工場
その工場は街の郊外にある、工場群の中に紛れ込むように並んでいた。
一台の人間トラックが資材を乗せて、工場の中へと入って行くところだった。
それとは反対に、人間トラックが何台も工場から出て来た。
トラックには普通の車よりもガタイのいい人間がなることが多く、だからという訳ではないのだろうが、皆ゴツい岩のような顔をしていた。
工場の中は慌ただしかった。
取引先の会社から、次から次へと依頼が舞い込むのである。
ここでも人間が大活躍なのだった。
ベルトコンベアーに選ばれる人間は、体が特殊な構造をしていた。クネクネと自由自在に関節を外して動かすことが出来るのである。
他の機械も専門的な動きを必要とした。それぞれに役割や用途が異なっていたからなのである。
それ故なのか、職業病らしきものを抱えている人間も多かった。
レバーのついた機械の人間は、絶えず腱鞘炎との戦いなのであった。
細かいメーターや目盛りのついた機械の人間は、神経症に悩まされる者も少なくはなかった。
そんな過酷な労働条件の職場でも、意外と働きたがる人間は多かった。給料がいい上に、土日祝日はきちんと休みが取れたからなのである。
ベルトコンベアー人間が、レバー付き裁断機械人間に向かって、何やら話しかけていた。
「なあ、お前さんのとこの、子供は元気かね?」
「ああ、まあね。来年小学五年生になるんだ」
「中学生になるのも、もうすぐだな」
「ああ。そうしたらあっという間に高校生だよ。私立だったら金がかかって仕方がない」
「ウチも同じさ。来年長女が、私立の高校に進学するんだ」
「そうか。だったら今のうちに、金を貯めておかないといけないな」
「だな」
工場の監督官が見回りに来たので、彼らの会話はストップした。
どの職場で働くのも大変なのである。
やがて次第に時間も経過していき、終業の合図を告げるサイレンが鳴った。
ちなみにこのサイレンの音も、人間の声なのだった。
「ウ〜〜〜ウ〜〜ウゥ〜……!」
それがピタリと時刻を告げて、その日の業務も無事終了した。
彼らは一斉に、我が家へと帰宅したのだった。
その五 学校
授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
「ササキくん、黒板を消しておいてもらえますか?」
先生に言われてしまったので、ササキくんは黒板消しを手に取って、キュッキュと音をさせながら、チョークの文字を消していたのだった。
ちなみにその黒板消しも、人間だった。
最近はホワイトボードが主流であったし、黒板消しもオートメーションになりつつあったのだが、その巨大な人間黒板消しは、人の手を借りてはじめて仕事をするのである。
ササキくんはその作業を済ませると、自分の席へと戻ったのだった。
「ですからオリオン座は……いいですか皆さん? 双子座と射手座ではどちらが相性がいいと考えますか? はい、ミヤザワくん」
他の生徒たちは熱心にノートを取っていた。教室の天井から真っ逆さまにぶら下がった人間筆記用具が、皆のノートに書き込んでいたのである。
先生が人間分度器を取り出した。
体全体が薄っぺらい人間が、黒板に背中をピタリとつけて、そのまん丸い頭の縁に沿って、先生がチョークで線を引いていたのである。
難しい数式になると、人間電卓の出番だった。
「イチ足すサンかけるゴ引くニをヨン乗するところの、ロクからキュウ引いてそれをさらにハチ倍して……答えは、七十七です」
生徒たちはその答えも書き取っていた。
先生がチラリと壁の人間時計を見た。
「皆さん明日からは連休になりますが、どうか怪我や事故には気を付けるように。休み明けにテストを行いますので」
そこでチャイムが鳴った。
「キンコンカンコーン……! カンコンキンコーン……!」
そのチャイムの音も、もちろん人間放送室の美しい声なのだった。
その六 レジャーもしくは遊び
そこは静かな湖畔にあるコテージだった。
何組もの家族が休暇のため、集まっていたのだった。
周囲には森が広がり、空気は澄んで、皆が心が洗われるような気分になっていた。
そんな静かな場所でも人間で溢れ返っていた。会社や街中や仕事場だけではなく、レジャーや休暇に訪れる風光明媚な観光地でさえ、働く人間の姿が絶えることはなかった。
「タカシー! あんまり遠くまで行かないのよー!」
湖の上には人間ボートが浮かんでいた。
タカシと呼ばれた少年は、親戚のおじさんとボートに乗ろうとしたのだが、
「なんか喉渇いちゃったな」
そう言ってこんな人里離れた場所にも置いてある、自販機へと向かったのだった。
その自販機ももちろん、人間がその役割を果たしていた。タカシ少年が硬貨を入れると、
「ガタン、ゴトン、チャリチャリッ……!」
とご丁寧にも効果音つきで、ジュースが出てきたのだった。
さすがにジュースは普通のオレンジジュースだったのだが、タカシ少年がそれを飲み終えると、どこからか人間ゴミ箱が姿を現したのだ。
他の家族でも同様だった。
人間卓球台で遊ぶ家族もあれば、湖で釣りを楽しむ家族もあった。釣り竿が細長い体の人間だったのだ。
だが何と言っても一番人気は、人間バーベキューなのだった。
名称から連想するイメージは悪かったのだが、特殊な訓練を受けた人たちが必ず担当し、それは企業秘密らしかったのだが、何らかの方法によって自らの体で火を起こし、さらには四つん這いになったかと思うと、背中が鉄板代わりとなり、その上で肉や野菜が焼けるのだった。
タカシ少年はおじさんと人間ボートに乗っていた。それは自分たちで漕ぐ必要はなく、人間が手足をオールのように動かして、前へと進むのだった。
「ねえおじさん、あれは何だろう?」
ふとタカシくんが見上げた空の上には、何機もの航空機が飛んでいたのだった。
その七 戦争
突如として戦争が始まった。
元々フマノ国とピープ連邦は、領土を巡って揉めていた。
どちらかがどちらかに意図的に先に仕掛けたという訳ではないようだ。
両国が国境付近で睨み合っているうちに、突発的に戦闘が始まってしまったのだ。
戦場では兵士ももちろんだが、それ以上に人間兵器が大活躍したのだった。
フマノ国は人間大砲を盛んに相手陣営に向けて、打ち込んでいた。そのため開戦当時はフマノ国が優勢だったのである。
しかし相手が大砲なら、それをはるかに上回る戦力を有していたピープ連邦は、人間短距離戦術ミサイルでたちまちの内に反撃したのである。
それによってフマノ国の都市は大打撃を受けたのだが、すぐに反撃に転じ、人間爆撃機の大編隊を送り込んだのだった。
ピープ連邦も莫大な損失を被った。しかし地上部隊では優勢だった連邦軍は、すぐに人間戦車部隊を進軍させ、敵の防衛ラインを軽々と撃破して通り抜け、いくつもの都市を占領したのだった。
空からは人間がたくさん落ちてきた。
地上では人間が砲弾となって、回転しながら無数に飛んできたのだった。
人間はいくらでも補充出来たので、両国とも一歩も譲らず、戦争は膠着状態に陥った。
両軍は長い期間睨み合っていた。気の遠くなるような年月が経過した気がした。
だが両国とも密かに最終兵器の開発を進めていた。
その名も人間瞬時消滅爆弾といった。
フマノ国もピープ連邦もほぼ同時に、それらの兵器を人間爆撃機に積み込んだ。
そして離陸したのだ。
その八 消滅
両国の爆撃機はほぼ同時に飛び立った。
人間爆撃機は鼻が利くので、互いに相手が近付きつつあったのは分かっていたのだ。
だが二機ともあえてすれ違い、両目でジロジロと眺めることしかしなかった。
そうしてお互いが、それぞれ敵国の首都上空へと到着した。お腹の部分にあるハッチが開き、人間瞬時消滅爆弾が投下された。
街中を歩いている人々は、皆立ち止まり、ポカンと口を開けて空を眺めていた。
人々の群れの中に、大量の爆弾である人間が落ちてきたのだ。
そしてその中には、例の最終兵器もあった。
爆弾は地面に着弾すると、物凄い勢いで炸裂し、たちまちのうちに全てが吹き飛んだ。
こうして一つの文明が消滅したのである。
了
無限人間の別世界 福田 吹太朗 @fukutarro
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