第7話 再

──十年後。



高校卒業後、俺は有名な医大に入学し、現役で卒業。

研修医として日々忙しい日常を送っている。


大学ではそこそこモテたが、彼女のことが忘れられなくて一度も彼女はできたことない。



彼女とは長い年月が経ってもいつか会えるって信じてたから。

毎日そう思いながら生きている。


もし、彼女に会ったら。

茉白のおかげで医者の一歩として踏み出せているということを報告したい。


それとあの時、言えなかったことを今更かもしれないけど伝えたい。

「ずっと好きだ」って。

あれから十年が経っているので彼女にはもう既に好きな人がいて、結婚しているかもしれない。


それでもいい。

ずっと言いたかったことを、全て彼女に打ち明けることが出来るのであれば。

俺もようやく、前に進むことが出来る。

だから彼女と今更、どうこうなろうなんてちっとも期待はしていない。




そんな風に彼女のことを考えていると、いつもの風景の中に懐かしい姿が見えた。

十年。あれから彼女のことをひと時も忘れたことがない。

彼女と離れ離れになってもその姿を見間違えるはずがない。


これは夢じゃない。絶対そうだ。



「茉白!」

俺は無我夢中で叫び、彼女の腕を掴んだ。



彼女は十年前と変わらない顔立ちだけど、どこか大人びていて俺の知らない彼女がそこにいた。


思わず引き止めてしまったけど何を話したらいいんだとグルグル考えていると、彼女が「あの……どなたでしょうか?何で私の名前知ってるんですか?」とまるで俺を不審者扱いするような目で見てくる。


彼女は冗談でもこんなことを言うはずがないと思っていた。

どうしてこんな事を言ってるんだ?と考えていると、知らない男性と双子の子供たちが俺達の前に現れた。



「どうした?知り合い?」

「いえ。でもこの人、私のこと知ってるみたいなんです……」

「「ママ~、早くお家帰ろ~」」

「うん、帰るから待っててね」



彼女とその男性の薬指には結婚指輪があったのだ。

そして、子供たちが彼女に向けて発する【ママ】という言葉。


あ、やっぱり彼女は既に新しい人と結ばれて、子供までいるんだ。

そりゃあ、そうか。あれから十年経っているんだもんな。

分かってはいたけど、なんだか胸が苦しい。


幸せな家族の中に、昔友達だった俺が入る余地なんてないし、彼女もきっと過去のことなんて思い出したくないよな。

あんなモヤモヤした別れ方したんだもんな。



俺はこの状況に恥ずかしくなった。

「すみません、人違いでした」と言い、その場を去った。





でもやはり、彼女が俺のことを本当に忘れてしまっているようだった。

それがどうしても引っかかる。


色々混乱していた俺は咄嗟に秋吉に電話した。


『もしもし?兎黒から連絡って珍しいじゃん、何かあった?』

「秋吉。あのさ、茉白のこと覚えている?」

『東条さん?もちろん覚えているけどそれがどうした?』

「……さっき茉白に会ったんだけど、俺のことまるっきり覚えてなかった」

『そりゃあそうだろ。記憶喪失なんだから』


秋吉の言葉に耳を疑った。


「記憶喪失!?なんだよ、それ…」

『あれ?言ってなかったっけ?東条さんが新しい学校に転校して、ちょうど卒業式の日だったっけな……飲酒運転したトラックと交通事故起こして記憶喪失になったの』

「なんだよそれ、初めて聞いた」

『……あぁ~もしかしたら佐那かも。佐那さ、兎黒のこと毛嫌いしてたからそれで言わなかったのかも』


秋吉は高校卒業後、いつの間にか佐那と付き合い始めていたのだ。


『当初は家族以外誰も覚えていなかったみたいだけど、佐那は交通事故起きてから何度も東条さんのお見舞い行ってたから佐那のことは思い出したみたい。転校前の記憶が一切ないみたいだから俺達のこと覚えているわけないじゃん』



秋吉の話を聞いてさっきの光景に辻褄が合った。

だからあんな怯えたような目で俺を見たのか。



転校する前のあの時。

俺の気持ちをしっかり伝えていれば何か変わったのかな?

意地にならず、何かしら話しかけていれば茉白との関係性も何か変わったのかな?


連絡先も知っていたのだから俺からすれば良かったのかな?

直接の言葉じゃなくても、メッセージだけでも伝えれば。

お互いモヤモヤせずに前を歩けていたのかな?



それと茉白は俺のこと、どう想っていたのかな?

ただの友達?


それとも──




俺と同じような気持ちだった?




こんなことを想っても、考えても、後悔したってもう遅い。



高校生だったあの時の関係に戻ることはもうない。

彼女は俺のこと、友達であるということを忘れている。



だけどさっきの光景を見て俺は思った。

彼女はとても幸せそうだった。


ふにゃふにゃした笑顔が好きだった。

そのふにゃふにゃした笑顔が今まで見てきた数倍の笑顔であの家族と暮らしている。


俺にはあんな顔、させることはもうできない。

彼女が幸せなら、それでいい。

俺はもう何も望まない。



どんな人生を歩んでいても茉白は茉白なんだから。


さようなら、大好きな人。

茉白とのかけがいのない時間は今でも俺の思い出。

君が忘れていても俺は一生、死ぬまで忘れない。



初めて好きになったのが茉白で良かった。










そんな想いを胸に俺は、一人悲しく泣いた。





(了)

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くろとしろ、しろとくろ いちこ @0427yukioo

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