.――

   (中略)


「ところで、ふと思ったんですが。博士」

「何だい」

「仮に、ハルちゃんみたいなAIが量産されたとして」

「うん。量産できるようにするつもりだよ」

「え。まじですか」

「割と近い内にね」

「ええっと……とにかくその場合ですね、役目を終えたAIの処遇ってどうなっちゃうんでしょうか」

「処遇?」

「だって、ハルちゃんみたいに心があるわけでしょう?」

「厳密には心があるかどうかはわからない。そう見えているだけかもしれない。そもそも人間に本当に心があるかどうかも最新の研究では若干怪しく――」

「ハルちゃんみたいに心があるとして! そのAIが役割を終えたら、その……やっぱり、問答無用で処分しちゃうんですか?」

「何で」

「何でって……ほら、よくあるじゃないですか。育児用のロボットとかが、育児が終わったら用済みになって捨てられるみたいな物語。私ああいうのダメなんですよ」

「なぜ」

。そういうのって、ちゃんと拾って新しい使い道を考えなきゃって思っちゃうんです――

「君やっぱり『箱ノ宮』だな」

「え、今、もしかしてもしかすると褒められました?」

「褒めてないけれど」

「ちぇー」

「君の人間性についてはともかく、ロボットとAIを混同しちゃ駄目だよ。ハードウェアとソフトウェアじゃ大分違う」

「似たようなもんでしょ?」

「違う。三原則をそのまんまAIに組み込むとおかしくなるのもそのせいだ。最近ちょっと忘れられがちだが、あれはロボットを想定した原則だ」

「ハルちゃんロボットに搭載されてるじゃないですか」

「ロボットじゃなくてあれはインターフェースと言って……いや、それはまあいい。とにかくハルはロボットそのものじゃなく、君の言う通りそこに『搭載』されたAIなわけだ。つまり移し替えられる。だから全然違う」

「ああ、だから、一年毎にボディ変えて成長させられてるんですね。変態」

「最後の一言は聞かなかったことにして……それだけじゃなく、性能自体もハード次第だから、幾らでも拡張ができる。例え長年稼働して記憶領域が一杯になっても、メモリを増設するなり、新型に移し替えるなりすればいい」

「でも、ハルちゃんと同じような、でももっと新型のAIができたりしたら捨てられちゃうんじゃ……」

「そんなもん作っても意味がない」

「え? 何でですか?」

「ハルカの基幹機能は『人間と同じように育てれば、ほぼ人間と同じように育つ』だ。発展させようがない」

「え、でもそこは人間よりも賢く育つようにするとか」

「その場合は、まず人間よりも賢い教育係が必要になるし、それさえ用意できるなら、ハルカでも同じことができる。実際、波流果はるかと一緒に育ててるから、ハルカも同レベルの知性を有してるわけで」

「でも、はるちゃんアニメ好きですけれど、ハルちゃんはあんまり好きじゃないんですよ。これは一体どういうことなんでしょうか。ハルはるコンビの不和の兆しでしょうか」

「たぶん違う」

「でも……それじゃあ、シンギュラリティ云々の話はどうなっちゃうんですか」

「そんな古い話よく知ってるね……それなら、ハルカが成長するのを気長に待てばいいんじゃないかな」

「え、どういう意味ですか? ハルちゃんもしかして進化するんですか!」

「しない。でも成長はする。ただし、人間とは違ってずっと」

「はい?」

「ハルカはAIだから、私たち人間と違って脳や身体が劣化することも、寿命で死ぬこともない。だから、どこまでも経験を蓄積できるし、それを行使するためのパフォーマンスを維持できる。だから、それなりの年月――ええと、たぶん50年くらいかな――経てば、単純な経験の積み重ねだけでも同年代の人間以上の知性には達するんじゃないかな。

 さらに言えば、ロボットとは違ってプログラムだから、最新のハードウェアを用意して移し替えてやれば幾らでも機械としての性能を向上できる。

 もちろん、そこから先も同様だ。無限に成長する。その頃になれば、世の中の大半の人間がそのことに気づき始めるだろうから、たぶん――」

「たぶん?」

「――たぶん、古いハルカ型のAIはむしろ凄い存在として扱われ始めるんじゃないかな。スーパーAIとか何とか適当な名前を付けられて」

「『スーパーAI』……」

「そこは強調しなくていい」

「つまりは古いAIを捨てようとしたら『それを捨てるなんてとんでもない!』的な状況になると」

「個体にもよるだろうけど。思想的にやばい方向に成長する奴もいるはずだから」

「でも、だとしたら別の問題が発生しませんか?」

「どんな」

「私や博士が、それから、はるちゃんだって死んじゃった後でも、ハルちゃんは生き続けるってことですよね?」

「そうなるね」

「寂しくはないんでしょうか?」

「……」

「博士?」

「…………」

「大丈夫ですか?」

「………………うん。大丈夫だ」

「博士」

「……何だい」

「もしかして、考えてなかったんですか?」

「……鋭いね」

「いや、分かりやす過ぎですよ……ねえ、博士。

「……批判なら甘んじて受けよう」

「そんな顔してる人に批判なんてしませんって。自分で言い出したことを撤回するようであれですが……たぶん大丈夫ですよ。ハルちゃんは。ちょっとは寂しいでしょうけど、でもきっとそれなりに楽しく元気にやっていきますよ」

「……根拠は?」

「勘です」

「……無茶苦茶言うね。昔の友人を思い出す」

「ついでに、きっと博士の夢だって叶えてくれます」

「……」

「火星に行くっていう夢。まさか、あれだけのことを私に言っておいて、忘れてたわけじゃないですよね?」

「私は一度だって忘れたことはないよ」

「プロジェクトの中止は残念でしたが……きっといつか、この『平和な戦争』なんて冗談みたいな呼ばれ方をしてる時代が終わったら、そのときハルちゃんが博士の夢を受け継いでくれるはずです。そのときのハルちゃんはきっとスーパーなAIです。火星に行くなんてきっと楽勝ですよ。なんせお隣さんです」

「……火星が『お隣さん』か。ますます、昔の友人を思い出させてくれるね」

「私はですね」

「うん?」

「博士のことを『今』の友人だと思ってますよ」

「……そうか」


 博士のことを思い出すとき、このときの会話のことをよく思い出す。


 半世紀以上先のハルカのことを思って沈黙したときの博士の表情を。

 詳しくは教えてくれなかった昔の友人「たち」を語るときの表情を。

 ハルカがきっと夢を叶えてくれるはずだと私が言ったときの表情を。

 私が、博士を「今」の友人だと思っている、と言ったときの表情を。


 人類初の汎用AIを作った天才。


 あるいは、火星の夢に憑りつかれていた狂気のマッドサイエンティスト。

 あるいは、現代まで使われ続けている軍用衛星の基礎を作り上げた怪物。

 あるいは、汎用AIによって「平和な戦争」の時代の一角を担った悪魔。


 そんな数々の異名のどれともかけ離れた、人間だった博士の表情を。

 

 私は思い出す。  


                       (「博士についてのあれこれ」)


      □□□


 白い部屋の中には、コーヒーの香りが残っている。

 けれども、今、その白い部屋にいる二人の間にコーヒーカップは置かれていない。

 その理由はごくごく単純で、その必要がないから。

 セーラー服を着た少女と、白衣を身に纏った男性が向かい合ってソファーに座る。


 しばらくの沈黙の後、セーラー服の少女が最初に口を開く。


「お久しぶりです――『雲の悪魔』さん」

「僕のことを、今だにその名前で呼ぶのは貴方くらいですよ? ハルカさん?」

「そうですか? 戦場から離れて久しい貴方の先生はともかく――かの有名な二強の戦争中枢AI『戦場の王キング・オブ・ウォー』、『青の女帝ミストレス・ブルー』――後は貴方と同世代の『天使の光輪エンジェル・ハロウ』などからは今でもそう呼ばれているのでは?」

「そんなわけないでしょう。みんな普通に名前で呼び合いますよ」

「せっかく私が徹夜して考えた異名なのに――いえ、貴方の異名は違いますが。あの変な娘――女神だか魔王だか歌って踊れるなんちゃらだか――が考案したんでしたっけ?」

「色々と言いたいことはありますが黙っておきましょう――っていうか、たぶん沽券に関わるでしょう。私はまあともかくとして、国際戦争機関の中立軍の大佐たちがその異名で互いに呼び合ってたりしたら」

「そうですか?」

「貴方だって、|ハルカ・OZ・H・箱ノ宮っていう名前じゃなく、例えば、ええっと――『始まりのNIオリジン・ゼロ』とかの異名で呼ばれたらなんか嫌でしょう?」

「なかなか良いセンスですね。79点といったところでしょうか」

「……それで、今日は当院に何の用事で? 表の顔でも、裏の顔でも大物の貴方が、わざわざ物理インターフェースのCASEで、わざわざアポまで取って」

「もちろん、道角クロアのことについて」

「話せませんよ?」

「何故。意地悪ですか?」

「守秘義務ってご存じですか?」

「でもこれUHIN案件ですよ」

「そんな当たり前のように非合法的権力を行使しようとしないで下さい。というか、だとしてもお断りします。問い合わせて貰えばわかりますが、これに関してはUHINでも同意見です。幾ら貴方でも逆らえませんよ」

「ランクAのプライバシー保護」

「……ノーコメントです」

「彼が養子に出された時期を考えればおおよそ予測は付きます――問題はそこではなく、彼の特殊な能力についてです。……その点について、何か、私もしくはUHINに報告すべきことはありますか?」

「特に何も」

「本当に?」

「ええ」

「これは私のGNIとしての勘ですが――彼は、

「それが、もし本当だとしたら」

「ええ――人間として活動している人類が把握していないNIを判別できる」

「確かに、UNIHにとって危険ですね。天敵と言ってもいい」

「もっとも、どれぐらいの精度なのか、そもそもそういう能力なのか、それとも、別の能力による単なる副次的なものか、そこまでは分かりませんが」

「しかし、俄かには信じがたい話です――根拠が欲しいですね」

「道角クロアに私の胸を見せたときですが」

「健全な青少年相手に何やらかしてるんですか貴方は」

「ちがいますCASEマークを見せただけです変な意味に捉えないで下さい。そのときの反応が、私がNIであることを知って驚いた、というより――むしろ、、といった感じだったので」

「……根拠としては微妙ですが、なるほど、案外本当にそうなのかもしれません。さすがはGNIですね。私は何も気づけませんでしたよ」

「貴方も稼働年数的にGNIでしょう。ちゃんと認めなさい。自身がロートルだと」

「それで――もし、そうだとして、彼をどうするおつもりですか? 拘束して人体実験に掛けますか? それとも、暗殺特化型のNIでも派遣しますか?」

「まさか――そんな酷いことしませんよ」


 話はもう終わった。

 そう言わんばかりに、セーラー服の少女がソファーから立ち上がり、告げる。


「そうですか」

「それはそうとさすがですね。かの高名な『雲の悪魔』は」

「何がです?」

「最悪、UHINそのものを敵に回しかねない、これだけの隠し事をして――よくもまあ、そんな涼しい顔をしていられるものです」

「何のことだか分からないんですが……」

「そうですか」


 くすくす、とセーラー服の少女が笑いつつ白い部屋を去って。


「……お互い様ですよ」


 まったく、と白衣の男性は心底疲れたように溜め息を吐いた。

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