25.よろしく
それでも、私はタイトルにその「
最初にそれを見て問題発言をしたときから今に至るまで、私はATFに関する取材を続け、その一貫として、多くのエース、あるいは元エース、あるいはエースになれなかったエース候補生、あるいはそれらに関わってきた人々と、話をしてきた。
私の例の発言を快く思っていない人間(これは当然だ)がいて、逆にその通りだと思っている人間がいて、どうでもいいお前なんぞ知らんという人間がいた。様々な考えの、たくさんの人間が、あるいはNIがいた。
妻の言ったことは正しかった。
私が一言で切って捨てたATFには、かつての私たちのように、たくさんの個人が関わっていて、今も関わり続けていて、これからも関わり続けるだろう。それを私の一言で分かったように語ることは間違いだった。
しかし――それでも、私はATFに否定的な自分の立場を変えることができない。
改めて、私の話をしよう。自己紹介だ。大抵のことはそこから始まる。
私の正式名称は、ブロンクス・オリジン・ロスマン。
半世紀以上稼働している、
少し大仰に思えるこの呼称は、NIの基幹プログラムが未だに半世紀以上前と変わらないことに――というよりも、その性質上、特に変える意味がないことに起因するのだが、話が長くなるので今は割愛する。
ミドルネームにオリジンとあるように所謂、第一世代――今となっては信じられないだろうが、人間の教育を受けていた最初のNIのことだ――に属するNI。
教官名は、ハンナ・ロスマン。
よって、NIの命名方式に従って、私は彼女のファミリーネームの「ロスマン」を授かった。……のだが、知っている方はご存じの通り、今現在、彼女と私は結婚している。そのため、結婚当初、命名方式に則ると厳密には、ブロンクス・オリジン・ロスマン・ロスマンになるのでは、とちょっと微妙にややこしい問題が発生したが、色々あって、結局、ブロンクス・オリジン・ロスマンに落ち着いた。この「色々」について詳しく説明しようとすると別の本が一冊書ける分量になるので割愛する――っていうかすでに脱線し過ぎだ。
製造目的は、かつての『平和な戦争』時代に存在した
私は――あるいは私たちは、最後の人間の戦闘機パイロットから、その技術を教わった最初の戦闘機パイロットだ。
本来の意味での本物のエースと会ったこともある――なお、私が今こうしてテキストを書く類の仕事に付いているのは、彼の紹介で、とある大学教授と出会ったことがきっかけであるが、これに関しても割愛。
あの「平和な戦争」と呼ばれたその名に反して苛烈な軍事的緊張状態の中で私は生まれ、その中で戦い抜き、その後一線から退いた後、多くの後進のパイロットを育てた。私は教え子に恵まれたらしく、その中には多くの優秀なパイロットがいた。詳しい人は知っているかもしれない。あの時代で最も有名なパイロットとなった「雲の悪魔」だとか、私の友人であるD(仮名)と僚機を組んで「ドッグ・ファイトの女神と天使」ないし「ドッグ・ファイトの魔王と悪魔」と呼ばれていたH(仮名)だとか。
それは全て、終わった時代の話だ。
「平和な戦争」の時代が終わり、
『あの頃は良かったな』
そのとき、Dは即座にこう言って捨てた。
『ノー。間違ってます』
Dは、おそらく別に私たちの過去を否定したいわけでも、私たちの友人たちや、私たちの教え子の業績を否定したいわけでもなかったはずだ。
もちろん、私たちの過去の中に――GNIなどと呼ばれるようになるだけの年月を稼働し続けた結果として蓄積された大量の記憶領域の奥底に、決して消去せずに残している大切な思い出があることも。しかしそれでも――
『私たちのやっていたことは戦争でした』
そして、Dはこう続けた。
『そして私たちはそのための兵器でした』
――それでも、忘れてはならない事実がある。
Dが言いたかったのは、たぶん、そういうことなのだと思う。
私が、ATFに対して否定的な立場を取るのも、きっと同じ理由だ。
(「エースたちのフリークショー」)
□□□
コンテナから降りたところで、ハルカが待っていた。
「やっほー」
「おう」
と、お互いに片手を挙げて挨拶をする。
「勝ったなー。しかも楽勝」
「ああ、楽勝だった――わかってたことだけどな」
「……あんま嬉しそうじゃねーな。これでボッたん正式にエースだぜ」
「何でもない――ただの感傷だ」
「あ、ちょっと格好良いこと言ってると思ってんなその顔は」
「うるせえ!」
そんな話をしていると、何やら向こう側のコンテナが騒がしいことになっていた。
見ると、わらわら、とATFのメディア関係者たちがそちらに集まっていた。
「あれ、ボッたんのいるコンテナ」
「ああ」
まあ、なんせトリプル・スラストが使えるエースの登場だ。
おまけに美少女だ。
そりゃあ、メディア関係者たちのテンションも上がってものだろう。
クロアはその中に、リクルートスーツ姿の女性を探した。が、いない。
「真澄さん、来てないのか?」
「来てたよ。でも、ボッたんの戦い見て、すぐ帰った」
「……そうか」
とクロアは頷く。確かに、真澄さんならそうするだろう。
と。
「はい! みなさーん! ちょっとどいて頂戴ね!」
という言葉一つで、綺麗に割れた人波の中を。
「クロアー! ちょっとこっち来なさい!」
と、アンジーがやってきた。
クロアは諦めてそちらへと歩いていって。
途中で気づいた。
アンジーが引っ張っている相手。一瞬、誰かと思ったがすぐにわかった。
「ほら、せっかく素敵な衣装に着替えたんだから、クロアの奴に見せてあげなさい。私じゃ見てあげられないんだから」
そう言って、アンジーがクロアの前へと押し出したのは、アカハだった。
いつもの赤いジャージの代わりに、赤いドレスを着ていた。
いつもの伸ばしたまま垂らしている髪を左右で結っていた。
いつもの赤いサンダルの代わりに、ヒールの付いた赤い靴。
――美少女だった。
クロアは一瞬、再び理性が吹っ飛びかけるのを感じるが、ぎりぎりで耐える。
ああいや違うな、と気づく。
アカハの顔には、ほとんど目立たない程度に薄くだが、化粧が施されていた。
その化粧が美少女を彩って。
そしてそれと同時に、あのほとんど暴力的な美少女の存在を抑え込んでいた。
人が壊れない程度の美少女。
「…………」
少し恥ずかしそうに俯いて、黙り込んでいるアカハに、クロアは言う。
「よう――美少女に衣装だな。アカハ」
「うっさい」
恥ずかしそうな顔のまま、アカハが言う。
「なんか変な感じ――全然実感ないんだけれど」
そんなもんだ、とクロアは言おうと思ったが、クロアのときは本当にぎりぎりの勝利で、めちゃくちゃ「勝った!」という実感があった。参考にならない。黙っておくことにする。
対して、アカハの方はまだ何か言いたいことがあるようで、それをどうにか言おうとして、引っ込めて、また言おうとして、引っ込めて。それを何度か繰り返して。
そして言った。
「――クロア」
一瞬、とてもつもない違和感があって、その理由を考えたところ、そう言えば名前を呼ばれたのはこれが初めてだったと気づいた。
クロアは言う。
「呼び捨てかよ」
「さん付けの方が良い? それとも先生?」
「クロアで構わん」
「そっか。じゃ、クロア」
それから言った。
「これからよろしく」
そう言って、ほんの少し笑った。
ああ、と。
クロアはその笑みを見て思った。
「……クロア?」
と、不思議そうにアカハが聞いてくる。
今、自分はどんな顔をしているんだろうか、とクロアは思う。
それは、あのときのシロネと同じ顔だろうか。あのときの社長と同じ顔だろうか。
それでも。
「なんでもないよ」
それでも、クロアは言った。
「こちらこそ、これからよろしくな。アカハ」
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