24.本物のATF

   (中略)


「天才とは存在そのものが無慈悲だ」

「……私は、博士のことを変人なりに善良な人間だと思っていますが」

「それは過大評価だが、しかし、ありがたく受け取っておこう。でも、私の今言ったことは別に当の天才の善悪とは関係ない。特に才能のない人間にとっては――天才とはいうのは、ただ存在しているだけで、ある種の理不尽な暴力に近い」

「暴力……」

「例えば、ええと――学生のスポーツ選手なんかでもよくいるだろう? 優勝できた理由に、支えてくれた家族や仲間のおかげです、とか答えるろくでなしが」

「それをろくでなしと表現する博士の方がアレかと……」

「『すげー運が良かったから』でも、『めっちゃ努力したから』でも、『病気の妹のために絶対に勝つと決めたから』でも、『俺天才だから』でも大して変わらないが」

「だいぶ変わるのでは」

――才能のない人間からすれば、それはどれも自分を踏みにじる言葉でしかない」

「じゃあ、どう気を付ければいいんですか。天才の方は」

「何も」

「へ?」

「何も気を付けず――淡々と踏み潰して進む。それが天才の義務だ」

「酷くないですか? 博士?」

                 (『博士についてのあれこれ』)

 

     □□□


 開始されるのと同時に、アカハはアクティブ・レーダーを全力で一度だけ放った。

 アンジーと同じ戦法だった――初手で敵機の位置を把握し超速攻で勝負を決める。

 最初の実戦でこれをやるのかこいつ、と共有した視界を見ながらクロアは思った。


 赤色の機体の手足を動かし、機体や操作やフィードバックに異常がないかを確認。

 クロアが教えた――ほとんど唯一と言っていい技術。

 左腕の調子が悪いな、とクロアは思った。


「左肘の駆動系二番目のモーターのワイヤーの調子が悪い。少し絡まりそう」


 アカハは言った――クロアには全然わからなった。

 だから聞いた。


「行けるか。アカハ」

「行ける」


 巨大な双発式のスラスターへと燃料カートリッジが送り込まれ。

 特殊な形状のエアインテークが開いて、大量の空気を吸い込む。

 赤色の機体のスラスターが展開して――大量の炎を噴き出した。

 戦場として指定されたのは今となっては古ぼけたニュータウン。


 シミュレーションとは違って戦場が決まっている以上、アカハの頭の中にはすでに地図が入っている――おそらくは、クロアが思っている以上に詳細に。古ぼけた住宅地の上空を、赤い機体がスラスターの軌跡を残して駆け抜けた。


 とんでもない速度だった。


 クロアなら絶対に制御できない速度。

 アカハはそれを完全に制御していた。

 そして、そのまま先程のレーダーで捉えた敵機目掛けて突っ込んでいく。


 一直線に、全速力で行った。

 

 相手の機体が点となって見えた――そう思った次の瞬間には、その姿形がはっきりと分かる距離にまで接近している――だが、まだ敵機は動きを見せていなかった。


 その時点で、クロアは気づいていた。

 本当は、戦いが始まる前に気づいていた。

 そしてその時点で、アカハは気づいていなかった。


 アカハは突っ込む――瞬きをする間もなく、冗談のように距離が縮まっていく。

 そこでもまだ敵機は動きを見せていない。

 アカハが機銃を構える――すでに接近戦の距離。次の瞬間で勝負が決まる距離。

 敵機は、未だに動きを見せていなかった。


 アカハはまだ気づいていなかった。


「――っ!?」


 敵機を射程圏内に入れる直前。

 ダブル・スラスト。

 敵機の目前で身を翻して、そのまま距離を取った。

 そこでついに敵機が動きを見せた。

 振り返ってグレネードを発射――数秒前まで赤い機体がいた空間で、炸裂。


『何、今の動き――』


 ひび割れた街路に着地しつつ、遥か遠くで巻き起こった爆炎を見て、アカハ。


『――誘い込んでグレネードでカウンター狙い? でも、あのタイミングからで攻撃が間に合うっていうの? 嘘でしょ?』


 信じられない、という口調で言うアカハに。


「おい、アカハ」


 クロアは、もう、言ってやることに決めた。


「ちょっと聞け」

『わかってる。シミュレーションと実戦じゃ違うってんでしょ。もちろん、プロでやってる連中と素人じゃ違うってこともね。でも、速度じゃ絶対にこっちが勝ってる。何とか攪乱して隙を突いて――』

「必要ない」

『え?』

「先に一つ言っておく――出し惜しみするな。最後はトリプル・スラストで決めろ」

『ど、努力するけど』

「それじゃあ、もう一度同じように、今度は最後まで突っ込め」

『はあ!? でも――』

「いいからやれ。アカハ」

『ああ、もうっ! 知らないからね!』


 捨て鉢に叫びつつ、アカハはスラスターを使った。

 全速力で、馬鹿みたいに真っすぐ、死角から敵機に向かって突っ込んだ。

 今度も、敵機は動かなかった。

 アカハは機銃を構えて撃った。

 着弾した。

 敵機の右腕が抱えていた機銃ごと、あっさりと吹っ飛んだ。


「…………え?」


 と。

 慌てた様子で落ちた機銃を拾い上げる敵機を見下ろしながら。

 追撃も忘れて、ひどく間の抜けた声を上げるアカハに。


「アカハ――」


 クロアは言った。

 アカハのオペレーターとして、告げた。


「――そいつはただの雑魚だ。踏み潰せ」


      □□□


「君は」


 と、いつだったか、副社長がまだ副社長だったときにそう言った。


「いつまで、エースを続ける気だ?」

「……わからないです」


 と、クロアは答えた。本当にわからなかったから。


「私は」


 と、副社長は続けた。


「今すぐにでも、君は辞めるべきだと思う」

「……これでも、会社の役には立ってるつもりなんですけれど」

「もちろんそうだ」


 と副社長は頷いた。


「君はエースとして、この会社の宣伝広告として十分以上に役立っている。だが」


 副社長はクロアを見て言った。


「……それ以上に、君はただの子供だ」

「エースになったおかげで手に入ったものもあります」


 と、クロアは言った。


「だから、俺はエースにしてもらって感謝してるんですよ。社長にも、貴方にも」


 副社長は首を振った。


「君はそれを別の方法でも手に入れられたはずだ。でも、社長にも私にも、その別の方法を与えてやることができなかった――それだけのことなんだよ」


 と、副社長は言った。


「それだけの、ことなんだよ」


      □□□


 一分と掛からなかった。


 相手の機体はもうとっくにずたぼろになっていた。

 腕がもげ、カメラアイが破損し、装甲が砕け、スラスターが故障し。

 それでも、向かってきた。


 元々は、ATFのシミュレーション・ゲームの学生選手。

 最高戦績は大学選抜トーナメントで三位。

 現在、二十三歳で――ATFのシミュレーション・ゲームを始めたのは十三歳。


 十年間――ずっとエースとして戦うことを夢見ていたらしい。

 応援してくれる妹がいて、その妹がくれたお守りをいつも首から提げていた。

 今もこのときも、首から提げたそのお守りを握り締めている。


 クロアはそれが分かった。分かってしまうのだった。


      □□□


「クロアさん」


 そいつは言った。二十三歳なのに、十七歳のクロアに敬語を使う変な奴だった。


「クロアさんは、どうしてそんなに強いんですか?」


 そんなこと言われたって困った。「頭の中でちょっと相手と話をしてるんです」なんて言えるわけがない。大変なことになる。


「俺、そんな強くないですよ」


 と、仕方ないのでクロアは逃げた。


「でも、僕よりは強いでしょう。絶対」


 そいつはクロアを逃がさなかった。


「何が違うんでしょうね――『ブルー・スコープ』みたいな伝説と、クロアさんやアンジーさんみたいな天才と、僕みたいな本物の凡人」


 と、そいつはぼやくように言った。

 胸元から下げたお守りを握り締めながら、言った。


「本当に、何が違うんでしょうね」


      □□□


 満身創痍の敵機が、最後の意地で、こちらに向かって突進してきた。


 ダブル・スラストからのドッグ・ファイト。

 ぼろぼろの状態を考えると悪くない動きだった。

 おそらく相手にとっては、会心の一撃だったはずだ。

 エースとして持てる全てを詰め込んで繰り出した、一撃。

 クロアにとっては、それなり以上に早く見えるダブル・スラストだった。


 そしてもちろん。

 アカハにとっては、意味不明なくらい遅過ぎるダブル・スラストだった。


 ダブル・スラストで、呆気なくアカハは死角に潜り込んだ。

 クロアに言われてなければ、きっとトリプル・スラストは使わなかったはずだ。

 アカハにとっては、その必要がない程度の相手だった。

 クロアに言われていたから、余分にトリプル・スラストを使った。

 アカハにとっては、その余裕がある程度の相手だった。


 その余分なトリプル・スラストで。

 アカハは、敵機への距離を詰めて。

 銃口を相手の後頭部に押し付けて。


 撃った。


 その瞬間まで、敵機は何の反応もできず――破壊され、呆気なく落ちていった。


『……』


 アカハはしばらく黙ってそれを見下ろして。

 それから戸惑ったように、クロアに尋ねた。


『……私の勝ち?』

「ああ。よくやったな」

『でも、私――』


 と、アカハは言った。


『――ほとんど何にもしてないんだけれど』

「そうだな」


 と、クロアは言った。

 アカハの視界で、ほとんど何もできず撃墜されて落ちていった相手を見下ろして。

 言った。


「…………そうだな。アカハ」

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