23.エースの色

「――まるで、見世物フリークショーですね」


           (最初のATFを見たブロンクス・O・ロスマン氏の発言)


(中略)……あの発言とその後の一連の騒動、そして結局ATFに「エース・ザ・フリークショー」という俗称が定着してしまった件に関しては、後に正式に謝罪をした通り、申し訳なく思っている。反省もしている。

 友人のA(仮名)は爆笑していたが、友人のC(仮名)からは「軽率にも程がある」と怒られた。その通りだった。軽率だった。

 元教え子のH(仮名)からも「先生は、自分が自分で思っているよりもずっと偉くなっている、ということを自覚すべきです」と怒られた。その通りだった。確かに、私は未だに自分がそれなりに偉くなったという自覚を持てていない。


 もちろん、妻にも怒られた。


「君がATFに対して否定的な立場を取っていることは私も知っているし、その立場を変えろ、と昔のようにことは今の私にはできないし、するべきでないし、何より、君のパートナーとして、したくない」


 けれども、と妻は続けた。


「ATFが君や世界にとってどんなものであったとしても、そこにはそれを行う『誰か』がいる。私が悲しく思うのは君が、その『誰か』の存在を見てあげなかったことだ。その『誰か』はもしかするとATFに何かを必死で託しているのかもしれない」


 ねえブロンクス、と妻は私の名前を呼んだ。


「――君や君の友人たちだって、ずっと昔、そうだっただろう?」


                     (『エースたちのフリークショー』)


      □□□


 戦場へと送られていくそいつは、とんでもない機体だった。

 一見ダブルアイ方式に見えるが、マルチアイ。

 中型機である癖に、大型機並の巨大なスラスター。

 その熱を放熱するためか、特殊な形状をしているラジエーター。

 極悪な機動の衝撃を吸収するためか、やたらと複雑な形状をしている四肢。

 設計書を見せられたときからわかっていたことだったが、実物が今こうして完成した形で目の前にあると、改めてそう思わずには居られない。


 クロアなら操縦できない。絶対に。

 アカハなら操縦できる――たぶん。


 そういう機体だった。


 それともう一つ、設計書ではわからなかった部分。


「赤いんだけど」


 と、赤いジャージに赤いサンダル姿のアカハは言った。


「……赤いな」


 と、クロアも言った。


 赤い機体だった。


 企業広告が本来の目的であるエース戦の機体カラーリングとしては、通常まず絶対に選ばれない色だった――戦場に流れる血を連想させる、赤色。


「エースの色だ」


 と、ハルカは主張した。


      □□□


 二週間後の、試験戦当日だった。

 クロアとアカハとハルカの三人で電車を乗り継ぎ、迎えに来てくれた車でさらに半日、戦場指定区の駐屯所に向かったところ、そこに機材を展開している社員だという人たちに、ハルカに紹介される形で挨拶回りをさせられた後だった。ちなみに、箱ノ宮戦場広告会社、というのが社名らしい。初めて知った。ちなみに、社長さんにもそこで初めて会った。何だか気の弱そうな中年の男性だった。ちなみにハルカはタメ口だった。


 こいつ本当に偉かったんだな、とクロアはちょっとショックを受けた。

 えっへんどーよ、とハルカは偉そうにセーラー服の胸を張ってみせた。

 

 というか、思ったよりも、社内の人々にクロアの顔は知られていた。


「道角クロアくんだ! 握手して下さいっ!」


 広報部の女の人に黄色い声で言われた。クロアは困った。何故か飴をもらった。

 

「道角クロアたんだ! 女装して下さいっ!」


 整備部の野郎共に野太い声で言われた。クロアは逃げた。本気の全力疾走だった。


 何はともあれ。


 ハルカ以外の関係者と出会ったのは初めてで、こんなにたくさんの人間が関わってたのか、とクロアは驚いた。というかアカハの奴ぶっつけ本番なんだけど本当に大丈夫なのか、とクロアは心配になった。当のアカハはというと、恥ずかしそうにずっと前髪で顔を隠していた。大丈夫か本当に、とクロアはさらに心配になった。


 そこにあの、やたら真っ赤なゲテモノ機体である。

 超心配だった。

 一応、アカハはシミュレーションでこの機体のデータを使って訓練してはいる。

 一週間程だが。

 慣れれば操縦しやすいよ、とアカハは言っていた。


 本当に大丈夫か、とアカハと同じように試験戦当日に初めて実機を操縦したクロアとしては不安になった。あのときは確か最初の一歩でねじが外れ、スラスターを使った瞬間に右腕が動かなくなり、着地の瞬間に片足が外れて吹っ飛んでいったのだった。よくあれで勝てたもんだと自分でも思う。


 そんな不安の中、試合開始の時間が着々と迫っていた。


「おい、アカハ」


 と呼びかけようとしたところで、隣からアカハの姿が消えていることに気づく。

 見ると、どこからともなく現れた女性に、さあさあさあさあこちらへこちらへ、と両腕を掴まれて連行されている最中だった。


「おい、あれ……」


 大丈夫なのか、とハルカに聞こうとしたが、別の用事ができたのか姿が見えない。


「大丈夫。スタイリストさんだって言ってたから」


 と、アンジーが言った。


「ああ、そうか。それで」


 アカハの対策のためのNIのスタイリストか、と思ったが、口を噤む。

 ぱっと見で分かるマークがないことから、そのスタイリストが、おそらく自身がNIであることを隠してる側のNIだと感じたからだ。その場合、口に出すのはこれまでの経験からいって、ろくなことにならない。

 と、そこでやっと気づく。

 ちょっと待て、と隣にいるアンジーの肩を掴む。


「おいアンジー」

「やん。こんなところで――大胆ね」

「黙れ。何でいる?」

「面白そうだから遊びに?」

「ふざけんな」


 摘まみ出してタクシーを呼んでもらおうと、保安部の人を見つけて話しかけたところ、アンジーがぶら下げているカードを示して「許可証があるので……」と困ったように言われた。


「この間、ハルカさんに貰ったの」

「あいつ何やってんだ!」

「安心して。機密情報を盗み出すとか、そんなつまらない真似はしないから」

「そういう問題じゃないと思うんだが……」

「それでどうなの、アカハさんは? たぶん勝てるでしょうけれど」

「……たぶんな」

「あら自信なさげ――ランカーでもなければ、あの娘には勝てないと思うのだけど」

「実力ではそうだろうが、実戦は、それだけじゃないからな」

「相手の企業は『道角兵器整備社』」


 と、アンジーは言った。


「貴方の古巣ね」

「……ああ」

「正直なところ、貴方の後釜になった今のエースの成績はそこまでじゃないわ――だからこそ、試験戦の相手になったともいえるのだけれど」

「だろうな」


 試験戦の相手は、基本的に成績下位のエースが選ばれる。


 それはまあ、例えば「ブルー・スコープ」なんかが試験戦の相手になったらまず誰もその試験戦には勝てないわけで、その辺りの調整はもちろんされている。ちなみにチャンスは三回。だから仮にこの試合で負けても、まだアカハにはチャンスがある。

 それと同時に試験戦は、成績下位のエースたちの足切りが行われる場所でもある。

 試験戦で二回負けたエースは、その時点で、エースとしての資格を失う。


 そして。

 今回の相手である相手方のエースは、すでに試験戦で一回負けていた。


「……向こうは、もう後がないから必死だな」

「あら、ちゃんと調べてたの?」

「当たり前だろ」

「ふうん……ねえ、クロア」

「何だ」

「間違えちゃ駄目よ」

「……分かってるよ」


 と、そこで。


「おーい!」


 と、ハルカが遠くからクロアを呼んでいた。


「いちゃついてねーでこっち来い!」

「うるせえ!」


 とクロアは叫び返して、アンジーに言う。


「じゃあな。何かあったらその辺の人に頼れよ」

「ええ――貴方の教え子の晴れ舞台よ。オペレーターとして、導いてやりなさい」

「だから何にも教えてないんだって」

「なら、これから教えてあげなさい」


 アンジーは言って、とん、とクロアの背中を押した。

 押されるままに、クロアは走り出し、ハルカのところまで行った。


「おせーぞ」

「走ってきただろ……アカハは?」

「パイロット用のコンテナでもう準備OKだ。オペレーターのあんたはこっち」

「え、一緒じゃないのか?」

「あんたの古巣の貧弱な設備と一緒にすんなや。別だ別。いいからはよ入れ」


 入った。

 クロアは絶句した。


「何だこの設備――何を動かすんだ。主力戦車?」

「違げーよ」

「だっておかしいだろ! 俺の知ってる設備と違う! こんなじゃなかった!」

「これが普通なんだよ……おめー本当なんで勝てたんだ」

「だいたい、何で冷房利いてんだよ! たかがオペレーター如きに勿体無いだろ!」

「お前本職のオペレーターが幾ら貰ってるか知らねーだろ。いいからはよ席座れ」

「なあ、これ大丈夫だよな? 実は脳みそ取り出す機械とかじゃないよな?」

「ばーん!」


 ハルカは不安がるクロアを無視し、無理やりシートに座らせシートベルトで固定すると、以前に使ったものよりさらに高性能なオペレーター用のヘルメット型機器をぐいと被せた。


 それからクロアの耳元で言った。


「頼むぜ、クロア。ボッたんよろしく」

「……ほぼ見てるだけだがな」

「十分だよ」


 そう言って、ハルカは機器の電源を入れる。

 接続器ではないはずだが、起動に少し時間が掛かった。おそらくは、大量の通信機器を通しているためだろう――クロアの使っていた接続器では起動するに一時間くらい掛かっていたことを思い出す。


 やがて、アカハとの間に双方向通信が確立。

 戦闘が始まるまでは、まだ機体に接続はされない――代わりに、ATF開始までのカウントが表示されている。この辺はゲームと大差ない。


 カウントは残り三分。思ったよりもぎりぎりだった。


「聞こえるか、アカハ」


 とクロアは尋ねる。


『聞こえてる』


 とアカハの声が返った。


「調子はどうだ?」

『……』


 妙な沈黙が返ってきて、クロアはちょっと不安になった。


「アカハ? 大丈夫か?」

『……別に。それよりも、今回の敵ってどんな奴だか知ってる?』

「知り合いじゃないが」


 と、クロアは嘘をついた。


「調べてはおいた――元々は、ATFのシミュレーション・ゲームの学生選手だな。最高戦績は大学選抜トーナメントで三位」

『強いんだ?』


 クロアは、一瞬、何というべきか迷った。

 迷っている間に、カウントが一分を切った。

 クロアはこう言った。


「腕は悪くないな――機体も、俺が使ってたオンボロとは違って真っ当な機体だし。たぶんオペレーターも付けてるだろ。単発式のダブルアイ方式。武装は機銃と、それに付属するグレネードランチャー」

『戦法は?』

「接近戦が主体だな」

『アンジーさんと同じ?』

「……あそこまで攻撃的じゃないが、まあ、そうだ」

『ダブル・スラストの癖とかはわかる?』

「映像で見た限りだと――その、たぶん、右に曲がりがちな癖があるな」

『じゃあ、そこに罠を張ってくる可能性もある、と』

「……かもな」


 と答えてから、クロアはまだ言葉を迷った。


「なあ、アカハ……」


 カウントが10秒を切った。


「……いや、何でもない」

『何。気になるんだけど』

「気にするな、大したことじゃない」

『ふうん……あのさ』

「何だ」

『ちゃんと見ててね』

「ああ、見てる」


 カウントが3秒になって。

 クロアはもう何も言わず。


 カウントが2秒になって。

 アカハももう何も言わず。


 カウントが1秒になって。


 カウントが0秒を示した。


 本物のATFが、始まる。

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