18.本物の戦争

――本物の戦争の、本物の戦場とは、どのようなものですか?


A「――」


――え? 失礼、今、何と?


A「――――」


――あのう……。すみません、Cさん……またカメラ止めますか?


C「いえ、続けて下さい」


――え、でも。


C「止めるな」


――…………。


A「――――――――――――」

C「本物の戦争の、本物の戦場」

A「―――――――――――――――――――――」

C「僕たちは、それを正確に語ることができません」

A「―――――――――――――――――――――――――――」

C「少なくとも、人類の理解できる言葉では、たぶん不可能です」

A「――――――――――――――――――――――――――――――――」

C「けれど人類と同様、僕たちNIだってそれを理解しているわけじゃない」

A「―――――――――――――――――――――――――――――――――――」

C「戦争を理解することなんて誰にもできない。これまでも、これからも。永遠に」


           (国際戦争機関の広報用インタビュー映像。未発表データ)


         □□□


 その日の空を覚えている。


 遠く遠く、ずっとずっと遠くまで青く澄み渡っていた、雲一つない青い空だった。

 いつものように、シロネは廃墟の中から目ぼしいものを物色していた。

 いつものように、クロアはその後ろを付いて回って手伝いをしていた。

 ちなみに、その日の髪型はポニーテールだった。


「クロア」


 と、シロネは言った。


「二手に分かれよっか。クロアはあっち。私はこっちを探すから」


 いつものように、とはちょっと違った。

 いつものシロネは常にクロアを一緒に行動させていたから、変だな、とは思った。

 でもその理由を理解するには、シロネの考えていることはいつだって難しすぎた。


「わかった」


 だからいつものように、クロアは素直にそう頷いた。

 シロネに言われた方に向かって、三歩歩いた――ところで、ポニテを掴まれた。

 クロアは立ち止まって、振り返った。


「……いいや」


 ぽつん、とシロネが呟いた。

 不思議に思って見上げるクロアを見下ろして、シロネはもう一度呟いた。


「……やっぱり、いいや」

「シロネ?」

「お姉ちゃんがあっちに行くから――クロアはこっち」


 それから、着ていた革ジャンを脱ぐと、クロアに押し付けた。


「それ、もう要らないから。適当に捨てといて」

「着ちゃ駄目?」

「似合わないから駄目――ちゃんと捨てるの。お姉ちゃんの命令」

「うん……」


 戸惑いつつも、クロアはシロネに背を向けて歩き出した。

 最初の三歩を進み、次の三歩を進み、更に三歩を進んで。

 十歩目で。


「クロア――」


 後ろからシロネに呼ばれ、クロアは足を止め振り返った。

 同じく十歩分の距離を進んでいたシロネをクロアは見た。

 こちらを見て、八重歯を見せて、手を振って笑っていた。


 その一瞬を覚えている。


 ほんの一瞬の中で、何もかもが起こった。

 

 雲一つないはずの空に、鋼鉄の巨体が四機、いきなり出現した。

 何の前触れもなかった。

 そのときは何が起こったのかわからなかった。今なら少しわかる。


 上空を駆け巡っているレーダーの目から複合式のステルスで隠れ、音速を超えて航行するジェットエンジンの轟音を対抗波で相殺し、光学システムで姿どころか影すら消したアサルト・エアポーターから投下された――対歩兵用の装甲兵器だった。


 無駄を剥ぎ落され軽量化され、その上で、重装甲重武装タイプのエース機を容易く凌駕する強固な装甲と強力な武装を有する、単なる量産機。


 エース機などとは比べものにもならない――本物の戦場の、本物の兵器。


 その一機が、頭上から降ってきた。

 ほんの一瞬の中の出来事だった。


 二人の真上だった。


 クロアは、その一瞬の中で反応できなかった。

 シロネは、その一瞬の中で上を見てなかった。

 その兵器はその一瞬の中で反応して行動した。


 全方位を常に見渡しているカメラアイが自身の着地点に立っているちっぽけな異物を確認し画像分析がそれを人間で二人でどちらも子供で女の子と男の子で推定年齢を十四歳十一カ月と七歳七ケ月で人種はとそこまで行ったところで緊急戦争停止信号を自分たちの簡易ネットワークから戦術ネットワークへと最優先情報として送り付けながら同時にメインスラスターと補助スラスター三基とリフターを使っての計十二回のスラストで着地点を完璧に制御――全て余裕でやってのけた。


 クロアが進んだ十歩分の距離と、シロネが進んだ十歩分の距離。

 ほんの僅かなその隙間の中にその兵器は完全な無音で着地した。


 そこまでで、一瞬のまだ半分だった。


 直後にその兵器の側面に突き刺さった誘導弾が無音で炸裂した。

 雲一つなかったはずの空で、偏向システムで姿を消した機械仕掛けの幽霊たちが飛び交い、対抗波で無音化された爆発が起こっていた。何もない空間からいきなり発射される誘導弾と、それが炸裂するのと同時に出現する、熱波と破片と黒煙を上げて生まれる残骸。


 一瞬の半分の時間の中で、空を埋め尽くすくらいに幾つも幾つも幾つも幾つも。


 レーダー波を赤外線を画像認識を位置情報をその他諸々を欺瞞しつつその欺瞞を探り合い、戦術ネットワークに戦闘兵器たちの下位ネットワークが送り続ける膨大な情報を、無数のNIたちと補助AIが解析処理し膨大な指示を出し続けることで繰り広げられる――ごくごく普通の現代戦。


 人類を完全に置き去りにして繰り広げられる、


 


 そしてそれは、一瞬が終わるほんの少し前に。

 ぴたり、と。

 何もかもが、全部嘘だったみたいに止まった。


 一瞬が終わった。


 何もかもが、全部嘘だったみたいだったけど。

 何もなかった空からはたくさんの破片や残骸が降り注いでいて。

 誘導弾の直撃を受けた目の前の兵器も、もう残骸になっていた。


 だから、倒れた。


 倒れこんだ――あっちの方に向かって。

 あっちにいるシロネを、こっちにいるクロアは見た。

 クロアを見て八重歯を見せ、手を振って笑っていた。

 そして、シロネの言葉の続きを聞いた。


「――ばいばい」

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