16.結果
「道角クロアとの関係ですか?」
「とりあえず二回目はまぐれです三回目は絶対負けませんもちろん私が勝ちます」
「え、違う? そういうことでなく? プライベートでの私たちの関係ですか?」
「そうですね……以前は、一緒に可愛い服を着せ合いっこしてた程度の仲ですね」
「え? はい、そうですよ? 可愛い服です。フリルとかリボンとか付いてる奴」
「昔は――といってもまだ二年も経ってないんですけど――なぜか普通に着てくれたんですけど、最近はどうも恥ずかしくなったみたいで……男の子って割とそういうとこありますよね。一人称も前は『僕』だったのが今では『俺』に変わってますし」
「いえ、お付き合いはしてません」
「エースになった当初からお伝えしていたとおり、私は二十歳になる前にエースを引退する予定です――ですから、その後で結婚を前提として、正式にお付き合いを申し込みたいと思っています」
(道角クロアについて アンジェラ・スタイナーの問題発言)
□□□
ブラックアウトした視界。
音声ガイド(超可愛い)の『負けちゃいましたね……でもでも、次はファイトです! 頑張りましょう! おーっ!』という声を聞き流しつつ、ヘルメットをむしり取る。
一番最初に時計に目をやってしまって――そのことに気づいて舌打ちを一つ。
クロアはアカハの入っているマシンに呼びかける。
「アカハ」
無言。
「おいアカハ」
やはり返事はなかった。
クロアはそっとしておくことにした。気持ちは分からないでもない。
次に、クロアはアンジーの入っているマシンに呼びかける。
「おいアンジー。悪いが開けるぞ」
返事を待たずに開けた。
直後、アンジーがこちらにしなだれかかってきたので受け止める。容赦なく掛けられる全体重。人間としてはめちゃくちゃ軽いが、まあ人間なのでやはり重い。
「おい……」
大丈夫か、と続けようとしたところで、アンジーがつぶやく。
「す」
「す?」
「すごいじゃないあの娘!!」
がばり、と。
顔を上げて、アンジーが叫ぶ。
「まだ正式なエースにもなってもいないのに、私と格闘戦で同等に渡り合ってくるなんて! しかも――その挙句に、よりにもよってトリプル・スラストですって!?」
「いや、お前あんま動くなって」
「無茶言わないで! こんなのテンション上がるに決まってるじゃない!」
そう言ってクロアの腕から抜け出す。
一瞬だけ、ふらついて。
それから手探りでアカハの入っているマシンを見つけると、ばんばん、と叩いた。
音声ガイド(超可愛い)が『やめてってばぁっ!?』と悲鳴を上げる。
「こらっ! さっさと出てきなさいアカハさん! そしてそのほっぺを触らせて!」
「やめろ」
とクロアはアンジーを引き剥がしたが今度は足で、がんがん、とマシンを蹴った。
「私に負けて落ち込むなんて生意気よ! むしろ対等に渡り合えたことを誇りに思いなさい!」
音声ガイド(超可愛い)が『もーやだこの人っ!』と匙を投げる。
だからかどうかは知らないが。
扉が開き、アカハが顔を出す。
直後に、じたばたしてしているアンジーの姿を見て、怯えた表情になる。
まあ当然だ。
アンジーは気にしなかった。
「アカハさん!」
謎のパワーを発揮してアンジーはクロアの手を振り払った。
ぎゅっ、と。
震えているアカハの手を探り当て、容赦なく両手で掴んで。
言った。
「今度は、私とATFの舞台で戦いましょう!」
「えっと……」
「何よ! 悔しくないの!? 私みたいな年増に負けて悔しいでしょう!? ねっ!」
「いや、あの……」
「じゃあ約束よ! エースとして、いつか私と戦ってね!」
「は、はい……」
と、押し切られる形で頷いたアカハに、アンジーが天使みたいな笑顔を浮かべる。
「本当に約束よ。牡丹路アカハさん」
その直後だった。
「――あ」
と、アンジーはそこで何かに気づいたように声を上げる。
「ねえ、クロア」
「何だ」
「私、今から卒倒するわ」
笑顔で、そんな宣言をした後。
本当に、アンジーは卒倒した。
そりゃもう完璧な卒倒だった。
「うおわあぁっ!?」
クロアはぎりぎりで抱きとめ――支えきれず、そのまま一緒にぶっ倒れた。
見下ろすと、器用にも笑顔のままでアンジーは気絶していた。
「こんにゃろう……」
「ど、どうしたの?」
と、まだちょっと怯えた様子でアカハが言ってくる。
「言っただろ――こいつにとっちゃ、見ることは苦痛だって」
アンジーの身体を抱き起こしながらクロアは言う。
「だから、全力で戦った後は毎回こうなるんだよ。無理すんなって言ったのに……」
ぶつぶつ、と言いつつ、クロアは気絶したアンジーをどうしたものかと悩む。
悩んだ後で結局正座し、アンジーの頭を膝の上に乗せて寝かせることにした。
膝枕だった。
それを見下ろして、アカハがものすごく微妙な表情で言った。
「逆じゃない……?」
「しょうがねえだろ」
と。クロアは答えておく。
何だか気絶しているアンジーの息が荒くなった気がするが気のせいだと思う。
「あの……」
と、アカハが小さな声でつぶやいた。
「……ごめん」
「謝ることじゃない」
「でも」
「でも、じゃねえよ。お前、アンジーの奴に勝てると思ってたのか?」
「うん」
こいつ、とクロアは思いかけて――まあ頼もしい限りか、と思い直すことにする。
言う。
「次は勝てよ」
「……うん」
と、アカハ頷いて。
「だけど、その」
言いづらそうに、告げる。
「制服」
「え? 何のことだ?」
と、クロアは明後日の方向を向いてそう言った。冷や汗を一筋流しつつ。
「おいおい、何のことやらさっぱりだ。さー、帰るぞ。帰ってアニメ見ようぜ」
「待ちなさい――」
ぱちん、と。
アンジーが目を開けて言った。
「――逃がさないわよ」
「お前気絶してたはずだろ」
「それとこれとは別に決まってるじゃない」
「お前何言ってるか全然わかんねえぞ」
「なんでそんな嫌がるの。前は二つ返事で着たでしょ。黒のフリル付きワンピース」
「おい黙れ」
え、とアカハがクロアを二度見する。やめろ。
「とんでもなく似合ってたから、思わず私と二人並んで真澄さんに撮ってもらって」
「ああそうだそしてそれが記事に載って閲覧者数がいつもの一〇倍だったんだろ!」
「あの超可愛い男の娘は誰だって質問が殺到したのよね」
「大変だったんだからな! だから俺は二度と着ない!」」
「見苦しいわよクロア! 私は下着を賭けたんだからっ! 観念しなさいっ!」
「知るか! アカハがいる前で着替えなんてできるか! 恥ずかしいだろが!」
「恥ずかしいんだ……」
と、アカハが何か言っているが無視してクロアは叫ぶ。
「おいハルカ。お前が撒いた種なんだから、お前が何とか――ハルカ?」
いない。
どこ行きやがったあのNIとクロアが思ったところで、ぱたんぱたん、とスニーカーの音が聞こえ、扉を開けて「やっほーっ!」とハルカが現れる――カメラ持参で。
「更衣室はあっちな! 恥ずかしくない!」
と、いい笑顔でブレザーとスカートをクロアに押し付ける。
「ハルカてめえっ!」
「諦めろよー! 大丈夫大丈夫きっと似合うって!」
と、クロアの身体を引っ張るハルカ。
「ふざけんなおい!」
「諦めなさい! さあ、可愛くなりましょう!」
と、起き上がってクロアの身体を押すアンジー。
「お前はさっきまで気絶してたのになんで元気なんだよ!」
「馬鹿ね。精神は肉体を凌駕するのよ」
「知るか! おい……おいアカハぁっ!」
アカハはそっと目を逸らして言った。
「……ごめん」
「ちくしょう! 俺は、俺は絶対着ないからな! 絶対だ!」
わーわーぎゃーきゃーぐいぐいぐいぐいぽよんぺたんかつんこつん、と。
長い長い格闘の結果。
着せられた。
写真も撮られた。
めちゃくちゃ似合っていた。
「「「超可愛い……」」」
と、アンジーとハルカどころか、アカハにまで言われた。
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