13.登場
妻との馴れ初め? ――ノーコメントで。
(ブロンクス・O・ロスマン ある特別講義での学生の質問に対する回答)
□□□
「着ない」
アカハは無表情に言った。
「……と言いつつ、実はちょっと興味があるんだろ?」
「ない」
アカハは無表情にもう一度言った。
ブレザーの制服を眼前に突きつけれられての反応である。
クロアの部屋で、いつもの赤いジャージ姿でゲームをしているときのことだった。
「ちっ。しょうがねーな」
ハルカはため息を一つ吐いてみせ、
「うっし、クロア。出番だぞ。てめーのその超かわいいブレザー姿を見せてやれ。そうすりゃきっとボッたんも着てみたくなんだろ」
「すでに着用してるみたいな言い方をするな」
クロアは心底嫌そうな顔をして言った。
ブレザーにチェックのスカート姿――ではなく、いつも通り古ぼけた革ジャンを着ている。まあ当然である。似合ってはいない。ちなみに部屋の中なのでブーツは脱いでいる。
「何だよ! ボッたんがこのままジャージ美少女のままでいいってのかよ!」
「それとこれとは話が別だろ。もし俺が変な趣味に目覚めたらどうすんだよ」
「いや、変な趣味にはとっくに目覚めてんだろーが……」
「あ? なんの話だ?」
「てめーめっちゃアニメの話をしてただろ」
「馬鹿言うな。『ガギグゲ号』は趣味じゃなくて人生だろ――な、アカハ?」
「当然」
「何その以心伝心!? え、嘘だろ? もしかして私がぼっちなのか!?」
「それでアカハ」
クロアはハルカを無視して言う。
「さっき見せたお前の機体についてだが、どう思う?」
「待ってハブらないで! 私も私も! 今ちょっと思い出したけどずっと前にガギグゲ子見たことあるから仲間入れてくれよぉっ!」
「エース機なんて動いて飛べるなら別に何だっていいし」
アカハはハルカを無視して言う。
「機体の性能差なんて誤差みたいなもんでしょ」
「その言葉は、本当に動いて飛べるだけだった――というかそれすら難しかった俺の機体のことをよく考えてから口にするんだな」
「……ごめん。やっぱりちゃんと考える」
「よろしい」
「んなことより私の話を聞いてくれよぉっ!」
「うるさい黙っててセーラー服」
「こっちは今真剣な話をしてんだよセーラー服」
「う」
と、ハルカの目から涙が零れ落ち、
「うわあああああああああん! クロアもボッたんも大っ嫌いだああああああっ!」
と叫びながら、きらきらと涙の軌跡を残して駆け出し、スニーカーを毎度の通り容赦なく踏み潰して履きつつ、ドアを引っ掴んで外に出――ようとしたが謎のエラーが起こって鍵が掛かりそのまま、べしゃっ、とドアに一度思いっきり激突して呪いの言葉を吐いた後、再度のチャレンジでようやく扉を開けて外に出て行った。
その姿を見送ってから、アカハは一言。
「たぶん追いかけてきて欲しいんだろうけど……どうしよう?」
「その内に戻ってくるだろ。放っとけ」
と、クロアは告げて、機体の話に戻ろうとしたところで――
がちゃん、と。
――玄関の扉が開いた。
もう戻ってきたのかよ早すぎだろ、と呆れつつ、クロアはそちらに視線を向けた。
違った。
ハルカではなかった。
なぜなら、セーラー服でなかった。
白地のブレザーとスカート――ハルカの持ってきたものとは違う制服。
「こんにちは、道角クロア――」
さらり、と
何かの冗談のように鮮やかな光を放ってたなびく天然の金髪がその背中で揺れて。
かつん、と。
汚れ一つ傷一つない、学校指定では絶対ないヒールの高い真っ白な靴を鳴らして。
きらり、と。
首に付けているチョーカー型の画像分析用端末の小型カメラが微かに光っていて。
かちゃ、と。
制服姿に合っているとは正直言えないが洒落たサングラスを指で掛け直しながら。
すっく、と。
玄関のところに立ったそいつは、完璧な角度に首を傾け、クロアに向かって言う。
「――貴方のヒロインの登場よ」
「…………………………………」
クロアは思わず黙り込む。
「あら? クロア? ちゃんといるわよね」
「……ああ、いるぞ」
クロアは観念して言った。
少女だ。
ついでに言うと、美少女だ。
美少女的な美少女、と言った方が正しい。
ハルカよりも一回りも二回りも小柄で華奢な――下手するとアカハより小柄な体躯だが、実際の年齢は自分と同じであることをクロアは知っている。
「ところで、今、この部屋から泣きながら女の子が走っていったのが聞こえたのだけれども……」
「気にするな」
全力で動揺を抑え込みつつクロアは言った。
「ま、別にいいわ」
あっけらかんとそいつは言い、天使みたいな笑みを口元に浮かべてこう続けた。
「それより私と結婚してくれないかしら」
「帰れ」
とクロアは即答した。
「嫌よ。せっかく来たんだから」
と言って靴を脱ごうとする相手に、クロアは告げる。
「段差。気をつけろよ」
「ちゃんと覚えてるわ」
と言って脱いだ靴を揃えてから、とんとんとん、と近づいてくる。
クロアは諦めてそいつのところまで近づいていった。
「顔を拝借」
「あいよ」
クロアは諦めて姿勢を低くし、その顔に相手の手がぺたりと当てられる。
「うんうん、いつも通りの捻くれた顔ね。クロア」
「撫でまわすな」
「このままキスしちゃ駄目?」
「やめろ」
「それで」
と言う。
「たぶんそっちも女の子だと思うのだけれど……そこにいるのはどなた?」
おいこいつ気づいてたのかよ、とクロアは思った。
なんと説明したのか考えあぐねている間に、アカハが口を開く。
「牡丹路アカハ――」
と名乗ってから、何やら警戒した様子で慎重そうに、
「――です」
と付け足す。
「アカハさんね。よろしく。私は、アンジェラ・スタイナー」
にこり、と。
笑顔を一つ浮かべつつ、告げる。
「エース・パイロットよ――貴方の先輩」
いきなりブチかましやがったよこいつ、とクロアは思った。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっているアカハに、笑顔のままで続ける。
「気楽にアンジー、と呼んでね?」
「……ええと、アンジーさんは」
と言ってアカハはクロアを指差し、
「このへたく――ではなく、道角クロアさんとは、どういった関係ですか?」
「当ててみて」
「……恋人?」
「違うぞ。アカハ」
と、アカハの言葉を否定したのはクロア。
「そうね。違うわ」
と、クロアの言葉にアンジーは一つ頷く。
「婚約者よ」
「違うからな。アカハ」
「あの、アンジーさん」
クロアの言葉は無視して、アカハはアンジーに言う。
「その、目……」
少し躊躇いがちのその言葉に。
ああこいつ気づいてたんだな、とクロアは思った。
アカハは続けた。
「……見えてないんですか?」
「そうよ」
何でもないみたいにサングラスを外し。
見えていない目でウィンクを一つして。
アンジーは何でもないみたいに言った。
「大したことじゃないわ――今の世界じゃ、個性みたいなもの」
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