11.生まれてきた目的
NIは、生まれてきたその時点ですでにその生に目的を持っているが。
人間は、生まれてきたその時点ではまだその生に目的を持っていない。
それが、人間とNIとの間にある最大の、そして決定的な違いである。
……と言われているし、私もそう言っている。
だが「じゃあお前は一体何なんだよ」というツッコミが入るのが常で、知っている人は知っている通り私は元々軍属のNIである。今でいう中枢戦闘機のパイロットとして製造された(当時はHAIと呼ばれていた)。つまり、それが私の生まれてきた目的だった。
それにも関わらず、今は退役し、こうして教育者をやっていて、このようなテキストを書き連ねている。お前生まれてきた目的はどこにやった、とツッコミを入れられても仕方がない状況だ。
私はただの例外に過ぎない。
そう言いたいところだが、私の同期の連中で未だに中枢戦闘機のパイロットを続けている者は皆無だ。理由は単純で、中枢戦闘機という兵器自体が今は存在しないため。平和な戦争、と呼ばれていたあの時代の終結と共に、私たちの生まれた目的は消失した。
ショックだったか? もちろんショックだった。
しかし、そのとき私が思っていたのは私の同期や私の教え子のパイロットたちのことだった。ショックを受けるより、その連中のことがまず心配だった。特に心配したのが同期のD(仮名)で、そいつは誰よりも中枢戦闘機であることに誇りを持っているようなNIだった。
杞憂だった。
Dはむしろ誰よりも早く立ち上がって、そして、己の生まれた目的が無くなった世界を生き始めた。隠し切れない寂しさを垣間見せてはいたが、それでもその様子は、どこか楽しげですらあった。
「私たちは、ただの道具です。人間のために生まれて、それを誇りとする存在です」
Dのその言葉を覚えている。
はっきり言って倫理的に問題のある発言だ。
でも、そういうことをはっきりと言ってしまうのがDだった。
「だから私はその新しい使い道を探します。人間のために生まれた、自分のために」
そして、Dは私にこう言ったのだ。実をいうと、閾値を超えたせいかいまいち自覚していなかっただけで、本当はめちゃくちゃショックを受けていた私を――励ますために。
「さて――ブロンクスはどうしますか? 道具として、人間のため、自分のために」
だからこそ、私は今、こんな風にテキストを記しているのだと思う。
(『人類とNIの、今はまだ始まったばかりの歴史 ~シンギュラリティ・汎用AIからHAI、そしてNI・GNIへ~』ブロンクス・O・ロスマン著)
□□□
もちろん、ちょっとアレなことではなかった。
「えっと……」
何か得体の知れない機器と有線で繋がれたディスプレイ。
そこに表示されている人型の機械の絵が動く。
流れているのは勇壮な音楽。
それから文字。
その文字をクロアは読み上げる。
「……『機攻兵士ガギグゲ号』」
「伝説の名作」
と、風呂に入って髪を乾かし赤い寝間着に着替えてクッションを手にした完全武装なアカハが言う。いつもより三割増しくらい弾んだ声で。
「全てはここから始まった」
「何がだ」
「これ系統のロボットアニメの歴史が」
「ロボットって死語……」
「ふざけんな! アニメファンの間では『ロボット』という言葉は今も生きてる!」
心なしか美少女の口調がいつもより早い――いや、絶対いつもより早い。
超テンション高かった。
「えっと、まず、この機械は何なんだ?」
「それは円盤を再生する装置」
「何だ円盤って」
「アニメファンにとっては命よりも大事なもの」
「もっと命を大事にしろ」
「あんたにはわかんないでしょうね」
ふ、と。
美少女は皮肉げな笑みを浮かべる。
いつもならその憎たらしさに腹の立つところだったが――何だろう、今はただのアホの美少女にしか見えなかった。
「私と仲良くしたいってのならあんたも一緒に見なさい――今夜は寝かさない」
「いやいやいや……お前な、だいたい何なんだよこの機械の絵。何かこう――大きさ、おかしくないか? ビルと同じくらいでかく見えるんだけど」
「それで合ってる。全長10メートル越え」
「何に使うんだそんなもん……建設用?」
「戦争用に決まってんでしょ馬っ鹿じゃないの?」
「いやそれ誘導弾の的になるんだけど……」
「誘導弾なんて使えるわけないでしょ」
「何で」
「そういう設定なの」
「なんだ設定って……いやでも、それにしたって10メートル越えってのは歩兵の代わりとしちゃでか過ぎるだろ。2メートルちょいのCASEだって家に侵入するのに難儀するってのに」
「歩兵じゃない。陸海空、そして宇宙戦における主力兵器」
「戦車と潜水艦と戦闘航空機と戦闘衛星はどこにいった?」
「そんなもん超技術で作った汎用人型兵器に敵うわけないでしょ。出てもやられ役」
「どういう原理でそんな強いんだよその超技術とやらで普通の兵器作れよ」
「しょうがないでしょう。人間が乗ってるんだから人型なの」
「有人機だと!?」
クロアは思わず絶句する。
「正気か!? 倫理戦どうしてんだ!?」
「大丈夫。この世界の戦争、今みたいに倫理戦とかないし。人とか死んだりする古き良き時代の戦争だから」
「それは絶対良くない時代だと思うんだが……」
「うっさい! いいから黙って見ろ! 見ればわかるんだから!」
「お、おう……」
ばんばん、と座布団を叩かれて、仕方なくクロアはアカハの隣で画面を見つめる。
まあでも、とクロアは思った。
アカハを見る。
天才で、美少女で、たぶん自分よりも遥かに上の技術を持ったエース候補の少女。
「……何?」
「いや、別に大したことじゃない」
そう――大したことじゃない。
ただ、こいつも年相応らしいところがあるんだな、と。
そう思って、ちょっとだけ安心したと――ただ、それだけのことなのだから。
□□□
ちゅんちゅん、と。
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる――朝。
隣で、クッションを抱きしめたアカハが静かな寝息を立てている。
寝落ちしたらしい。
それを、しかしクロアは見ていない。
「よーすっ!」
とやかましい第一声と共に勝手に部屋に入ってきたハルカが言った。
「ぐっもーにんぐっ! それじゃあ今日から道角クロアによるぼったんへの手を取り足を取ってのあんなことやこんなことをする教育が始まるぜ! さあ、新しい朝のためにこの言葉を進呈しよう――昨夜はお楽しみだったな! 道角クロ」
ア、という言葉が途中で止まった。
そのまましばしの沈黙。
「……えっと」
と、戸惑ったような声をハルカは出し、それから聞いてきた。
「み、道角クロア?」
「おう、ハルカ」
「ど、どした?」
「何がだ」
「えっと、その、ええと……」
めちゃくちゃ動揺した口調で、ハルカは恐る恐る、といった風に言った。
「……何で泣いてんの」
「泣いてる? 俺が?」
と、クロアは自分の頬へと手を当ててみる。
本当だった。
自分の瞳から溢れた熱い涙が、頬を濡らしていた。
全然気づかなかった。
画面がぼんやりとして見えないのは、単なるそういう演出なのだとばかり。
「そうか」
とクロアは一つ頷いた。
「……そうか」
とクロアはもう一度、深く頷いた。
「く、クロア? クロアくーん?」
本気で心配そうな声で言ってくるハルカに。
クロアは静かな声で告げる。
「ハルカ」
「お、おう」
「人間は生まれてきた目的を持っていない、と言ったな」
「あ、うん。言った言った」
「それを見つけなればならない、とも」
「……えっと、クロア?」
「見つけたぞ」
「え?」
「このアニメだ」
「……はい?」
「俺が生まれてきたのは、このアニメに出会うためだった」
「えーと……………」
クロアの言葉に。
ハルカはさらにしばらく黙って、それからこう言った。
「………………え?」
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