7.授業

   (中略)


――いやあ、まさかこんな偶然で国際戦争機関の調停軍の二大GNIからお話を聞けることになるとは思いませんでした。本当にお時間大丈夫なんですか? Aさん?


A(仮名)「いいよいいよー。暇だからー」

C(仮名)「あの……A。君、今日は演習の予定が入っていたはずだけど」

A「暇だからー」

C「すみません。ちょっとカメラ止めてもらっても?」


      (中略)


――お二人の存在が、国際戦争機関を、そして人類史上最も洗練され管理されているとも言われる、現代の戦争を守っていると言っても過言ではないわけですね。


C「いいえ。決して僕たちだけで成し得たことではありません。確かに僕たちは蓄積された経験データから戦術や戦略を提供することでき、それを実際に実行することができます。

 しかし、それは部下である他のNIの現場指揮と、そして何より後方を支えるたくさん人類の方々があってこそ可能なことです。危険な前線に人類の方々が出る必要がなくなったとはいえ、兵站は未だ戦争において最も重要な要素です。


 ……それと、今、この場にいないもう一人のGNIの『彼女』についてもほんの少し言及させて下さい。真剣に話そうとするとどうして長くなってしまうので詳細は省きますが――僕とAの二人に対して些か低く見られがちですが、それは過小評価である、とだけ。


 ともあれ、僕たち二人のこなせる任務というのは、国際戦争機関全体の任務としてはせいぜい1割に過ぎません。このインタビューが、残りの9割を支える方々に目を向けるきっかけになれば、と思っています」

A「……ねえねえ、C。ちょっと質問良い?」

C「何だい?」

A「…………人類史上最も洗練され管理された戦争? は? 何それ知らない?」

C「すみません。ちょっとカメラ止めてもらっても?」


      (中略)


――だとしても、お二人が「天才」と呼ばれるに足る存在であることは疑いようがないことだと思います。そんなお二人にお聞きしたいのですが、「天才」とは何だと思いますか?


C「先程お話した通り、貴方が「天才」と称してくれた僕たちは、しかし数多くのバックアップによって支えられています。それがなければ、僕たちは何もできないただの電気信号です。いかなる天才であっても、一人では成り立ちません。たくさんの人々の力の集まり――その終点として結果を出す位置に、偶々立っていた存在が『天才』と呼ばれるのでは、と僕は思っています」


――なるほど。「天才」とは個人ではなく、一種の集団知の結晶のようなもの、ということですね。素敵な見解です。Aさんは、天才についてどのようにお考えですか?


A「私」


――はい?


A「私」


――…………。


C「すみません。ちょっとカメラ止めてもらっても?」


           (国際戦争機関の広報用インタビュー映像。未発表データ)


      □□□


「や、クロアくん」


 通された白い部屋の中で。

 ソファーに腰を下したクロアの前に、色鮮やかなカップが置かれる。

 白い部屋に広がる、淹れ立てのコーヒーの香り。


「いらっしゃい」

「喫茶店じゃないんですから」

「安心してくれ。お金は取らない」

「どうも」


 黒い液体を、くるくる、とスプーンでかき回す。

 クロアは角砂糖を二つ落として、も一つ落として、ミルクを垂らす。

 黒の表面に束の間白色が渦を巻き、混ざり合う。


「相変わらず」


 向かい側のソファーに、とん、と座りながら。

 白衣を着た眼鏡の男性がクロアに笑いかける。


「苦いのは嫌いなんだね」

「甘いのが好きなだけです」


 クロアはそう言って、コーヒーに口を付ける。

 良し悪しがわかるわけではないけれど、それでも美味しいとは思う。

 煎り立ての豆を挽いて淹れているから、と眼鏡の男性は言って笑う。


 白い部屋の窓からは、真昼の明るい陽射し。

 ふわりと揺れるカーテンの色は、淡い水色。

 そんな風に、この白い部屋は、ところどころがパステルカラーで彩られている。


 ――あんまり真っ白だと、いかにもって病院って感じがして嫌だろう?


 と、目の前の彼がいつだか言っていたことをクロアは思い出す。


「どうだい、クロア君」


 彼はクロアに言う。

 ずれているわけでもないのに、指先で端っこを摘まむように眼鏡を直しながら。


「まだ、お姉さんは君の隣にいるのかい?」

「はい。先生」


 クロアは頷く。

 自分の隣にずっといる、白い髪の姉のことを思いながら。


「あ、でも今日は自宅に置いてきました。今頃は不貞寝してるはずです」

「生活感めっちゃあるね」

「まったくです」

「もしかしたら、と思っていたんだけれどね」


 彼が言う。


「君がエースをやめたら、もしかしたら、と」

「たぶん」


 クロアは言う。苦笑する。


「俺が負けたせいです」

「例の『ブルー・スコープ』に?」

「ええ。だから――まだ未練があるんでしょう。戦場に」

「未練か」

「たぶん俺は、まだ戦場から離れることができてないってことなんでしょう」

「でも」


 と、彼は言う。


「もう戦場に戻ることはできないよ。クロア君」

「わかってます」

「個人的なことを言わせてもらえば、戻るべきでもないと思う」

「……ですかね」

「だから、これからのことを考えよう――君、大学はどうするんだい?」

「受けますよ。高校は通信制で通ってましたから。学費は、退職金が出たんで、エースやってたときの貯金と奨学制度も合わせればまあどうにか――あとはまあ、学力次第ですね」

「それじゃあ今年は大変だ。頑張りなよ」

「それと……」


 と言いかけて、クロアはやめた。


「……いえ、何でもないです」

「大丈夫かい?」

「たぶん」


 たぶん大丈夫ではない、とクロアは心の中で付け足す。


      □□□


 クロアは受験生で、つまり、まだ高校生でまだ学生だ。

 だからもちろん、平日は授業を受ける。


「おい、アカハ」


 クロあはゲームをしているアカハに言う。

 ちょうど敵のエース機を撃墜したところだった。


「何」

「学校」

「ああ、うん」


 アカハはディスプレイの隅に表示されている時間と日付を見てつぶやく。

 うっさいもう一戦やらせろ、とか言い出すことはなくアカハはすぐゲームを終了。


「俺は通信制。お前は?」

「私も通信制」

「じゃあ先に受けるか? 俺は記録映像で夜受けても別に」

「自前のディスプレイくらい持ってる」


 と言って、アカハは再びダンボール箱の山へと寝ぐせだらけの頭を突っ込む。適当に突っ込まれたようにしか見えないその山の中から実に的確に小型のマイク付きディスプレイを引っ張り出した。小型だったが、たぶんこちらのものよりも遥かに高性能そうだった。


「私はこっちでやるから」

「そうか」


 クロアはノートと鉛筆と消しゴムと赤ペンを取り出した。

 アカハはダンボールの山の中から、文字が大量に並んだ妙なもの――いつだったか整備の連中が使っていたのを見たことがある。確か、キーボードだったか――を取り出した。


 それから天井の音声認識に呼び掛けて学校を呼び出し、出席認証。

 アカハも同じことをした。


 ディスプレイに担当教師の映像が現れた。リアルタイム中継。

 これから授業を始めます。


 まずは教科書を表示して下さい、との教師の言葉を受け、クロアは教科書をアプリで開いて、ディスプレイの左側に表示する。

 クロアは鉛筆を持ってノートを開いた。

 アカハはキーボードを接続してテキスト入力システムを呼び出した。

 クロアは言語の授業で、アカハは数学の授業だった。


 授業が始まる。


 革のジャケットを着たクロアと、赤いジャージの美少女は同じ部屋で、背中合わせになって互いの授業を受けた。


 ふと思った。

 誰かと一緒に授業を受けるのは久しぶりだな、と。


 授業が進み、終わりの方で、では質問を受付します、と質問受付が開始されてクロアはわからなかったところを質問する。ほとんど全然わからなかった気もする。マイクの調子が悪いせいで微妙に誤字が出たりして苦労した。教師はその内の幾つかの重要そうな質問に授業内で答えて、残りの質問にはあとでメールで回答する。


 ちらりとアカハの方を見ると、特に質問をしている様子はなかった。というか、取り出したキーボードを叩いた様子もなかった。というか見た感じ教科書を表示してもいなかった。

 大丈夫かこいつ、とクロアは心配になった。

 休憩時間になったところで、クロアは聞いた。


「なあ」

「何?」

「お前、ちゃんと授業聞いてるのか? 教科書も出してねえけど」

「あんたには関係ない」

「かもしれんが」

「教科書は暗記してる」

「暗記? 予習したってことか?」

「違う。丸暗記。1ページ目から全部」


 クロアはちょっと考えて、まあそういう奴もいるのか、と思った。


「それでもさ、教師になんか聞きたいこととかねえのか」

「ない」


 とアカハは即答した。


「教えてもらうより自分で勉強した方が早い。というか早かった」

「ははあ」


 クロアはちょっと考えて、まあそういうやつもいるのか、と思った。


「ノートと鉛筆は」

「このご時世にまだそんな旧時代の筆記具を推奨してる教育機関は馬鹿だと思う」

「お前そうは言うがな、鉛筆の持ち方だって立派な教育でだな」

「あんたの鉛筆の持ち方間違ってんだけど」

「え、まじでか」

「うん。正しい持ち方はこう」

「……お前、そんな変な持ち方でどうやって文字書けるんだ?」

「ブーメラン」

「え、まじで俺が変なのか?」

「うん」

「まじか……」

「っていうか、ここたぶん板書間違ってる。正しくは、こう」

「いや何で俺の授業の内容わかるんだよ。お前中学生だろ」

「学校の教科書なんてなくても、公共ライブラリから借りた図書データで勉強はできる。高校生程度の授業内容はとっくに覚えてる」

「え、じゃあここは?」

「こう」

「お前やべーな」


 と特に何の気なしにクロアは言った。


「天才か?」


 その一言の直後。

 こちらを見ていたアカハの顔が、ぎゅ、と歪んだ。

 クロアは驚いた。何でだ、と思った。

 その表情に浮かんでいるもの。

 恐怖。

 何で、と答えが出ない疑問を抱いたままのクロアにぷい、とアカハは背を向ける。


「おい」

「もう次の授業始まるから」

「いや、ここもわかんねえから教えてもらいたいんだけれど……」

「知らない。自分でどうにかして」


 そのまま午前中の全ての授業が終わるまでアカハは何も言わなかった。

 自分が昼食を作る、とアカハは言った。


「何で」

「あんた朝作ったでしょ」

「だったら?」

「だから昼は私の番」


 何が「だから」なのかはわからないが、まあ作るというのなら任せようと思った。


 アカハは冷蔵庫を開けると「卵しかないんだけど」とぶちぶち言いつつ、ダンボールの山に再び頭を突っ込んでエプロンを取り出す。ばさり、とそれを身に着けて台所に立った。変なキャラクターが描かれたおそろしく色気のないエプロンだった。


 どう見ても料理とか得意そうな感じではなかった。

 なので、以前知り合いが「今日は私が作るわ! 腕によりを掛けて!」と言い出して鍋とフライパンと包丁を駄目にして出してきたような、炭化した物体(食って死にかけた)が出てくることも覚悟していた。

 が、意外なことにアカハは包丁やらフライパンやらを巧みに使ってオムライスを作ってみせた。中身は材料の関係でケチャップで味付けしただけのチキンライスだったが、卵の方は、ふわふわでとろとろの、店とか出てくる感じのオムライスだった。


 食べた。


 見た目は完璧だったが実は味がくそまずかった――りすることはなく、普通に美味かった。大衆的な店とかで出てくる感じの味だった。

 もぐもぐと食べながら、クロアは言う。


「なんでこんなん作れるんだお前」

「ネットでレシピ検索して、その通りに作っただけなんだけど」

「だけって……まさか初めて作ったわけじゃねえだろ」

「初めてだけど」

「初めてでそこまでレシピ通りに作れるものなのか?」

「いや、料理作るのが」

「……」


 冗談を言っているようには見えなかった。

 オムライスを食べた後は、二人でエプロンを掛けて、二人で洗い物を片づけた。

 それから午後の授業を受けた。


「あのさ」


 と一度だけアカハが言った。


「美味しかった? オムライス?」

「そりゃまあ」

「そ」


 とアカハは言った。

 ちっとも嬉しそうでなかった。

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