6.理由

「ずばり、貴方が天才である理由は何だと思いますか?」

「ずばり、貴方が天才でない理由は何だと思いますか」


 (ネットの海の沈没部からサルベージされたインタビュー記事の断片。詳細不明)


      □□□


 ことん、と。

 ダンボールの中に入っていたちゃぶ台の上に二人分の朝食を置く。

 クロアと美少女の分。

 シロネとハルカは朝食を必要としない。

 献立は、炊飯器で炊いた白米、フライパンで作ったウィンナーと目玉焼きと味噌汁、パック入りの出来合いのサラダに市販のドレッシングを掛けたもの。

 クロアが作った。


「まあ食え」


 エプロンを外しながらクロアが言うと、ハルカが言う。


「あんたいいお嫁さんになれるな」

「黙れ」


 と言い捨てながら、目玉焼きをむんずと箸で掴み白米の上にのっけた後に返す刀で黄身のど真ん中に箸を突き刺したところで、美少女が目を閉じて両手を合わせ神妙な表情で、


「いただきます」


 と、礼儀正しく言っているのを見て、クロアは箸を黄身から引き抜いてソーセージとサラダだけが残った皿の上へ置き、貫かれた黄身の存在はなかったことにして両手を合わせて「いただきます」と言った。


「そんなんいちいち対抗せんでも」


 というハルカの言葉を努めて無視して、朝食を取る。

 取った。


「それで」


 再びエプロンを掛け、下げた皿を洗いつつクロアは言う。


「さっきのはマジなのか?」

「え? あんたの頭がめっちゃ撫で心地がいいってこと?」

「違う。大家さんに話通したとかどうとか」

「妹ってことにしといた。ちな私は従姉」

「セーラー服の従姉……」

「黙れ――とにかくだな、ちゃんと菓子折り持って話し合えばいろんなことが解決するもんなんだよ」

「そうかあ?」

「あとは菓子折りの底に山吹色の菓子を詰めておけばだな」

「おい」


 実際には、このアパートを管理している、あの偏屈な老人が金で買収されるとは思えない。が、この手の面白そうなことに関しては割と「OK」と言ってしまいそうなところのある奇矯な老人でもある。一応、後で確認しに行こう、とクロアは思った。


「へっへっへっ……というわけで、あっしの娘をよろしくお願いしますぜ。旦那」

「あのな……というか、そもそもお前親権を委託されてるって本当なんだろうな」

「それは本当」


 と、そこでそれまで黙っていた美少女が言った。

 美少女は自分の分の皿を流しに運んだ後ですぐ洗面所に行って歯を磨き、それから戻ってきたディスプレイを使ってゲームを始めていた。

 見たところATSシュミレーションゲームの家庭版のようだったが、接続器ではなくてコントローラーで操作しているし、ぱっと見たところボタン一つで操作している機体がトリプル・スラストを繰り出していたので、まあ別物と思っていいのだろう。

 そんなゲームを何か凄まじい技量で操作しながら美少女は言った。


「だから安心していいよ」


 突き放したような口調だった。

 クロアは黙った。

 黙って、しばらく沈黙に耳をすますようにして、それから言った。


「そうか」


 まあ人間誰にでも事情はあるもんな、とクロアは思う。事情ならクロアにだってある。元エースだとか、親がいないとか、姉に足がないとか。まあいろいろ。


「それで」


 クロアはつまらなそうな顔でゲームをしている美少女は放って、ハルカに言う。


「どうやったら俺の部屋から出ていってくれるんだ?」

「うんと言ってくれるまで帰らな」

「警察」

「待て、話せばわかる。わかるから」

「もう、何度も話はしたつもりだが」

「もうちょっと、もうちょっとだけ」

「いいから帰れ」


 長い長い格闘の末に、今度こそクロアはハルカを追い出し、扉の外に叩き出した。

 開けろー開けろー、と喚きたてるハルカの声。

 どんどん、と扉を叩く音。

 ぴー、という認証エラーの音。

 左隣の住人がつぶやく「仕方ないから喫茶店にでも行くか……」というつぶやき。

 右隣の住人が連続で繰り出す「どんッ!」という壁ドン音。

 それらを聞きながら、背中でドアを物理的に押さえつけてクロアはやり過ごす。

 しばらくしてから「しょうがねえなあもー」とハルカが言って静かになる。


 クロアはそのまま一分待った。


 開けた。

 即座に扉に差し込まれたハルカのスニーカーをブーツで蹴り飛ばし扉を閉めた。


「痛ってぇっ! ちっくしょー覚えてろよ!」


 ハルカが三下みたいな捨て台詞を叫び、ぽふんぽふん、とスニーカーを鳴らして去っていくのを聞いてから、もう一度扉を開け、今度こそ誰もいないことを確認する。

 ため息をついた。

 それから、未だにゲームをしている美少女のところへ行って、クロアは言う。


「おい美少女」

「アカハ」

「……おいアカハ、お前に聞いておきたいんだが」

「何」


 と、何かちょっと凄まじい動きで敵機を八つ裂きにしながら、美少女が言う。


「本当にエースになりたいのか?」

「当たり前じゃん」

「あのNIに脅されてるとかじゃなくて?」

「なくて」

「何か騙されてるとか」

「なくて」

「何で」

「だったらあんたの方こそ」


 と美少女はこちらを見もせずに言った。


「なんでエースになったの?」


 クロアは黙った。


      □□□


「超楽しいぞ」


 と、社長に勧められた。

 それがエースになった理由だ。

 恥ずかしくてちょっと誰にも言えそうにない。


 小学校を卒業して、中学校へと入学する間のことだった。


 クロアは小学四年生から学校に通い始め、六年生までの三年間クラス制の学校に通った結果として――あるいは通えなかった結果として「こりゃ駄目だな」と通信制の学校に切り替えることにしていた。


 というわけで、クロアはその時点でもう古ぼけ擦り切れていて、しかもそのときはぶかぶかだった革ジャンを毛布でも被るみたいにして着て、ひたすら部屋に一人で引きこもってシロネと遊んでいた。一週間ほど。


 社長に引きずり出された。


 そのままゲームセンターに連れていかれた。

 クロアはそのときのことを今でもよく覚えている。

 埃やら泥やら何やらで薄汚れ、靴底もがっつり擦り減った、自分の手をぐいぐい引っ張る社長のド派手な色で装飾が付いた、でも超安っぽい革靴のこととか。踵を潰されて無残に薄汚れた自分のスニーカーの、むぎゅむぎゅとした頼りない感触とか。


 そのときシロネはいなかった。「私は行かない」と言って部屋に残ったのだ。


 ハルカに連れていかれたシミュレーションとまるで違う、玩具みたいなゲームモードのシミュレーション・マシン。接続器なんてなくて、コントローラーで操作した。


 嵌った。


 そのまま三年間ゲームで訓練した。ぶっちゃけほぼそれしかしてなかった。

 気が付いたら通信制の中学を卒業していて、通信制で高校に入学していた。


 そしてその頃、社長がどこからともなく一式の接続器を持ってきた。

 そして旧式のCASEと旧式のスラスターユニットを買ってきて、会社の設備を使ってやっつけ仕事のエース機を作った。当時の自分はそれを見て「すげー格好いい!」とか馬鹿なことを言った覚えがあるが、今考えるとガラクタとガラクタを組み合わせたオブジェのようなもので、正気を疑われるような仕様のエース機だった。最初の頃は動いただけでネジが数本飛んでいたのだ。やべえ。


 クロアはエースになった。


 よくなれたもんだとクロアは思う。ほとんど奇跡みたいなものだ。

 本来置かれるべき各所補助機材も、補助人員も、カウンセラーも宣伝担当も何もかもないエースになって――二年。

 たった二年だったのか、とその事実にちょっと驚く。

 十年くらい戦い続けてきたような気もするのに。


 たった二年――練習してた期間より短い、エースとしての戦い。

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