4.赤色

 ――ぶつん、と呆気なく接続が途切れたその中で。


『おめでとうございます――』


 と、ガイド音声(超可愛い)がクロアに対し告げる。


『――貴方の勝ちですよ!』


 どうやらこっちの銃弾が先に致命打を与えたらしい。

 どうでもよかった。

 がん、と。

 クロアはマシンの扉を思い切り蹴り開け、外に出る。


 ガイド音声に『もおっ! 叩いちゃ駄目ですってばぁ!』と怒られるが無視し、かつんかつん、とブーツを鳴らしてディスプレイで試合を観戦していたらしいハルカに詰め寄る。


「おっす。やー、まさか勝つとは思わなかったわ! すげーな道角クロア!」


 クロアは無視した。


「ふざけんな――」


 まだ相手が入っているシミュレーション・マシンを指差し、叫ぶ。


「――だと!? あいつ一体、」


 何なんだ、と言いかけたそのとき。

 がん、と。

 マシンの扉が蹴り開けられ、そいつが外に出てきた。


 ガイド音声に『わあんっ! 駄目って言ってるのにぃっ!』と泣かれるのを無視し、ぺったんぺたん、と安物のサンダルを鳴らしてこちらへと詰め寄ってくる。


「おっす。やー、まさか負けるとは思わんかったわ。残念だったなー」


 そいつは無視した。


「ふざけんな――」


 先程の戦闘、その最後の瞬間を映すディスプレイを指差し、叫ぶ。


「――今の無し! ただのラッキーじゃん! 99ぱーこっちが勝ってたもん!」


 クロアはそいつを見た。


「おいおい……」


 ぴょんぴょん、と寝癖の付いた伸び放題になった黒髪。

 ぺったんぺたん、と地団太を踏むサンダルの色は赤で。

 身に着けているのも同じく赤い――名札付きジャージ。

 その背丈は――クロアの胸の高さよりも、さらに下で。


 クロアは思わず呟いた。


「……まじかよ」


 クロアはそいつを見下ろす――ちょっとどころでなく信じられない気持ちで。

 そいつはクロアを見上げた――吊り目がちの大きな瞳に軽く殺意を込もって。


「この下手くそ!」


 怒鳴り声。


「まぐれで勝って良い気になるな! もう一度やったら100ぱー私が勝つから!」


 その顔は、着ているジャージと同じくらい真っ赤で――幼い。

 子どもだった。

 クロアよりもさらに年下の、たぶん中学生くらいの女の子で。

 そして、それから、その――


「…………」

「何見てんだ!」

「いや、別に……」

「子どもだからって馬鹿にしてんの!? あんただってまだ全然子どもの癖に!」

「……その通りだよ。悪かったな」


 本当は違った。

 だが仕方がない。口が裂けたって言えるわけがない。

 見惚れかけていた、とは。

 恥ずかしくて、とてもではないが言えるわけがない。


 ――美少女だった。


 変だった。

 どうして美少女に見えるのか、よくわからないのだ。

 だって全然、そういう感じじゃない。顔にばさりと掛かるくらいに伸び放題の寝癖だらけな髪も、名札が縫い付けられた赤いジャージを着ていることも、同じく赤い安物のサンダルで地団太を踏んでいることも、さらには明らかに逆恨みとしか思えない理由でキレて真っ赤な顔で怒鳴り散らしていることも――どう考えたって美少女的な要素からは程遠い。というか、美少女でも美少女に見えなくなるだろう絶対。普通に幻滅する。


 でも――それでも、何故か美少女にしか見えなかった。


 意味が分からなかった。

 元エースを遥かに超える操縦技術を持ち、トリプル・スラストが使えるエース候補で、奇妙な程に美少女にしか見えない美少女。

 何だそれは。

 聞いた。


「お前一体……何なんだ?」

「あんたの方こそ何なの?」


 聞かれた。思わずとっさに、


「道角クロア」


 と名乗ってから、それ以上言えることが何もないので、仕方なくこう付け足した。


「元エースだ」

「牡丹路アカハ」


 意外と律儀な奴なのか、クロアの名乗りにそう応じて、それからこう付け足した。


「この物語の主人公」


 こいつやべーな、とクロアは思った。


「ただし、今は何でもない――ただの美少女」


 自分で言うのか、とクロアは思った。

 自称美少女の美少女は、そんなクロアの呆れた表情を見て、ふふん、と笑った。


「まあ見てて、私はすぐに『ただの』美少女じゃなくなるから」

「……じゃあ、何になるんだ?」

「決まってる。私は」


 傲岸不遜を体現したような背丈に似合わないでかい態度で。

 何もかもの始まりになった何かの冗談みたいなその言葉を。

 ただの美少女だった美少女は、その日、クロアに宣言した。


「『ブルー・スコープ』を倒して最強のエースになる――最強のエースの美少女に」


   □□□


 戦争は人類を放棄した。


 かつては戦士と共にあった剣が、戦場を駆け抜けた騎馬が。

 戦争が進化するに従って、戦場からその姿を消したように。

 軍事NIによって統制されるAI兵器たちが主役となって。

 人類の認識ではもう追い付けない速度で現代戦は展開する。


 人類の居場所などない。


 そうして「人が死なない戦争」の時代はやってきた。


 戦争は、もう人類の手の届かないところに行ってしまった。

 だからATFは生まれた。

 本物の戦争に置き去りにされた、人類のための戦争として。


        (『エースたちのフリークショー』ブロンクス・O・ロスマン著)

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