2.ゲーム・センター

 貴方が独裁者だと仮定します。

 もしもそれでずっと上手く行っているなら、特に問題はありません。

 でも、そんなことはまず有り得ません。人間、どっかでトチります。

 独裁者は、神様になれません。


 かつては、その場合に取れる手段は、おおよそ二つありました。

 一つ。さっさと何もかもを諦めて、銃を口に咥え引き金を弾く。

 二つ。粛正し粛清し、粛清しまくって最後に一人になって死ぬ。


 現在は、三つ目の手段があります。


 戦争をしましょう。もちろん、正規の手続きで。

 それから戦争に負けて敗戦責任を取りましょう。

 それでもだいぶ怒られますが、上手くいけばぎりぎり命は助かるかもしれません。

 国際戦争機関に届け出が必要なので、必要な人材を粛正してしまった場合は不可能な手段となります。貴方が独裁者であるならば、注意しておきましょう。

 なお、戦争行為の過程で一人でも死者が出た場合、ほぼ確実に死刑になるので注意が必要です。貴方の軍が十分に自動化されていること、多少出費はかさんでも戦地はきちんと公的に貸し出されている場所を選ぶこと、自分の言うことを聞かないからと言って軍の要人を粛清しないことをおすすめします。


 もしも正規の手続きを取らずに戦争をした場合?

 その場合は、一つ目の手段とほぼ同じ結果になります。

 ただし、貴方に向かって引き金を弾くのは、貴方と違う「何か」になるでしょう。


            (『よくわかる現代戦争』ブロンクス・O・ロスマン著)


   □□□


 ぱたんぱたん、と。

 ぶ厚いクッションの利いたスニーカーでセーラー服のNIがずんずんと歩く。


 かつんかつん、と。

 ブーツの底を鳴らし、ハルカに掴まれた手をくいくい引かれてクロアは続く。


 ふわりふわり、と。

 足首から先がない脚で宙を歩いて、そんな二人の後ろをシロネが付いていく。


 二人と一人が。

 夕暮れどきが迫る時間の、赤色に染まり始めた道を歩いていく。


「それで――」


 と、クロアは尋ねる。


「――俺はどこに連れて行かれるんだ?」


 手を引っ張られて連行されているクロアとしては、是非とも知りたいところだ。

 ハルカは自分がNIであることを明かした後、「来い」とだけ告げて外に出た。

 クロアはそれを追いかけるかどうかしばし悩んだ。

 悩んだ後で結局、仕方がねーな、とブーツを履いて靴紐を結んでいたのだが「おせーぞ! 早くしろっ!」と手を引っ張られて外に連れ出されたのだ。ちなみに靴紐は断固として結ばせてもらった。

 そんなクロアの問いに対し、ハルカは。


「――ひ・み・つ」


 と、片目を瞑りウインクを一つ。ぱちん、とハートマークを宙に飛ばす。


「答えろ」


 さすがにそれでは誤魔化されなかった。


「何だてめー本当に男かよ! ちゃんと付いてんのか!?」

「お前こそ本当にNIなのかよ」

「てめー私のおっぱい見ただろ」

「言い方」


 最近の若者は、と近くを歩いていた老人が何か言ったが、クロアは無視した。


「実は胸にちょっと印字しただけのただの痛い女なんじゃないかと」

「んなわけねーだろが! このわがままボデーもばっちり工業製品だっての!」


 ハルカは、ばんっ、と胸を張って叫ぶ。


「おら、もう一度ひん剥いて触って確かめてみろ!」

「言い方」


 あらあらまぁ、と近くを歩いていた主婦が何か言ったが、クロアは無視した。

 というか、ひん剥いて触ったってわからない。

 なんと言っても、UVC基準のCASEの判別は専門家にだって困難なのだ。

 培養された有機素材が大量に使用された機体は、人体をほぼ完全に再現する。

 皮膚も脂肪も筋肉も骨格もだからまあ胸も人体とほぼ同様。

 表情も瞬きも体温も発汗も瞳から涙を零す機能もほぼ完備。

 今、クロアの手を引くハルカの手を見る。

 それも、人間の少女のそれと変わりない。


「どした。美少女に握られて喜んでんのか?」

「言い方……いや、もういい」


 爆発しろぉっ、と近くを歩いていた学生が何か言ったが、クロアは無視した。


「というかお前さ、NIだし実年齢はアレだろ?」

「機体の設定年齢は十七歳。永遠の十七歳だな」

「だから、セーラー服のコスプレか」

「こいつは可愛いから着てるんだ! なんか文句あんのか!?」

「お、おう……そうか……」

「てめーだって似合わない革ジャン着てる癖に!」

「いやまあ自覚してるけどな……色々とあるんだ」

「あとそのブーツもな! すげー似合ってねえ!」

「ふざけんなすげえ格好良いだろ! なんか文句あるのか!?」


 似た者同士だ、と後ろを歩いていた姉が何か言ったが、クロアは無視した。


「いいから話を戻すぞ。えっと、箱ノ宮?」

「あ、ハルカでえーよ。それか宮やんと呼べ――宮やん!」

「……ハルカ。お前、俺に一体何をさせるつもりなんだ?」

「だからエース事業を一緒にやろうぜと」

「できない。契約上、元エースは他の企業のエースにゃなれないんだ」

「ちげーよ。あんたに任せたいのは、新人エースの教育だ」

「教育?」

「そ。私のとこのエース候補の教育を、あんたに任せてーんだ」 


 クロアは少し考える。

 引退したエースが新しいエースを教育する。確かにそちらは契約上問題ない。

 が。


「なら、何で俺なんだ?」

「謙遜すんなよランク四位さんよー」

「ぽっと出の若造が運よく準決勝まで進んだだけ――って考えるだろ普通」

「普通? 普通だぁ?」


 はーんっ、と。

 ハルカは鼻で笑って、おかっぱ頭をさっと掻き上げ、ドヤ顔でこう告げる。


「美少女NIたるハルカ・H・箱ノ宮が、普通な連中と一緒なわけねーだろ!」

「あー、うん……確かに」

「てめ、その反応は馬鹿にしてるな!? ちゃんと分かるんだからなこんにゃろー!」


 と、やかましいNIの罵倒をクロアは明後日の方向を向いてやり過ごす。

 まあ、しかし。

 実際のところ、NIというのは、確かに普通の存在ではない。

 NI――Next Inteligence。新知性体。

 汎用AIの一種だが、通常のAIとは厳密に区別され、法律でその権利を保証されている。それが何かと一言でいえば、人間と同等以上の知性を持ったAIだ。 

 あるいは――


「――心を持ったAI、か」

「おうともさ!」


 と、笑顔でNIは言う。


「標準搭載してるぜ! 心!」

「お前心を何だと思ってやがんだ」

「ただの機能だろ?」

「違わないのかも知れないけれど、たぶん違う。心ってのは、もっとこう……」

「んなカビの生えたよーな古臭い議論なんざするつもりはねーよ。後にしろ後に」


 と、ハルカは取り合わない。

 まあ、確かにNIは心を持ったAIだ。たぶん。

 本当かどうかは誰も知らない。

 NI自身は持っていると主張しているが、もちろん証明はできない。

 しかし少なくとも、法的にはそういう前提になっているし、人間には人間とNIの判別は不可能だと言われる。人間ではなく専用の判別AIならばどうやら正しい判別は可能らしいが、判別基準は深層学習のブラックボックスの中だし、そもそもAIに判別させる時点でちょっと何かが間違っているような気もする。


 何であれ、NIは人間の高度な判断力とAIの愚直な処理能力を有する。

 結果、普通の人間を軽く超越した存在であることは間違いない。

 かつて信じられていたというシンギュラリティに関する神話には程遠くとも、その存在の登場以前と以後では世界は大きく変わった。政治も経済も科学も文化も――そして戦争も。

 しかし、そんなNIだからこそ――


「本当に……何で、俺なんだ?」


 ランク四位。

 そんな肩書きが何の価値もないことは――NIならば、わかっているはずだ。

 それと同様に、クロアがエースとしてはさほど腕が良いとは言えないことも。


「ま、わかってるよ。そりゃあね」


 と、ハルカはあっさり言った。


「でも――とにかく付いてこいよ道角クロア。後悔はさせねーから」

「でもな……」

「ってか、そもそも金が要るんじゃねーの? 給料良くしとくぜ」

「……まあな」


 ものの見事に足元を見られていた。

 諦めて、クロアはハルカに手を引かれるままにかつかつと街を歩く。

 一連のやり取りを背後で眺めていたシロネが言う。


『クロアはあれだよね。強引な女の子に好かれる性質があるのかもね』


 どんな性質だ、とクロアは思った。そんな性質は嫌だ、とも。

 そのまま数分街を歩いて行ったところで、


「ここだ! 到着!」


 と、ハルカが立ち止まり叫んだ場所。

 素っ気ない外装と、いかにも生真面目そうな入口のビル。


「……成程、ゲームセンターか」


 ゲームセンター――正式な名称は違うらしいが、俗称の方が定着している。

 どうも語源となった昔の施設があるらしいが、そっちの方は詳しくは知らない。

 ここは対戦型のゲーム筐体から専用回線を引いたネット設備、VRスポーツ場なんかの設備が整っている公共施設だ。地元の学校のゲーム部や学生が所属するゲームクラブ、そしてもちろんプロゲーマーなんかが使う。

 ここでATFに関係しそうな設備と言えば、もう決まっている。


「ATFのシミュレーション・ゲームだな」

「ご名答」


 ATFはゲーム化されている。

 というより意図的にゲーム化した、というのが正しい。

 その理由は、現状、通常のCASEパイロットの確保はほぼ不可能なため。

 ATFが始まった今から十五年前は、ちょうど前線の完全無人化が進んでいた頃で、NIにCASEを奪われたCASEパイロットは探せば幾らでもいた。しかし、それから十五年経った現在では、CASEを操作する人間そのものが一部の例外を除いてほぼ存在しない。


 よって、こういったシミュレーション・ゲームを広めて適正を持った人間をスカウトし、エース・パイロットとしての教育を施す方式が現在では一般的となっている。クロア自身も、最初はこのシミュレーション・ゲームで操縦を覚えたクチだ。

 ハルカは入ってすぐのところにある受付に向かう。

 職員らしきおっさんに話しかける。


「ちゃーす。予約してた箱ノ宮なんすけど」

「自動受付でどうぞ」


 華麗なたらい回しだった。

 ハルカは特に気にした様子もなく、設置されている自動受付の画面に話しかける。


「ちゃーす。予約してた箱ノ宮なんすけど」

『こんばんは箱ノ宮さん! わっ、今日も可愛い服だ! 学校からの帰りですか?』


 超可愛い自動受付だった。

 ハルカは特に動じた様子もなく、案内に従って画面を操作して手続きを完了する。


『はい、完了です! お先にお着きのお客様がお待ちしてますよ!』

「うっす。向こうにも『今来た』って伝えといて下さい」

『わかりました! では、無理せずに頑張って下さいねーっ!』


 と、NIと違って知性も心も持たないAIの心温まる接客に見送られつつ。

 ハルカは奥にあるエレベーターへと進み、クロアもシロネとそれに続いた。

 エレベーターに乗り込みつつ、クロアは先程の会話を思い返して尋ねる。


「先に着いてるってのは?」

「ウチのエース。予定だけど」

「どんな奴なんだ?」

「ひ・み・つ」

「あのな」

「先にシミュレーターに入って待ってるよ」

「……戦えってか?」

「話が早くて助かる。まずは拳で語り合え」

「アホか」


 エレベーターが目的階に着き、クロアはハルカの後に続いて先へと進む。

 自動受付(超可愛い)が印刷してくれた番号票を見ながら部屋を探す。


「えーと……部屋番号は……っと」


 というか、NIなのに番号を記憶できていないのだろうか?

 わざとなのか――わざとだよな、とクロアは思うことにする。


「あった! 4444番!」


 そのちょっと尋常でなく不吉な番号は問題ないのだろうか?

 大丈夫なのか――大丈夫だよな、とクロアは思うことにする。


「はい、ぱーん!」


 と、ハルカが手のひらで認証を行って部屋の扉を開ける。

 中には一対の箱型のシミュレーター・マシン。それからディスプレイが三つ。

 片方のシミュレーターには使用中のランプが付いている。

 本当に先に入って待っているらしい。


「よし」


 ぐいっ、とクロアは使用中のシミュレーターの扉へと手を掛ける。


「とりあえず引きずり出すか。おい、顔見せろ」

「やめろごらぁっ!」


 ぽよん、とハルカの体当たりを背後から食らって引っぺがされた。


「てめーこんにゃろー! いきなり何をしてくれやがってんだ! 可哀そうだろ!」

「いや待てお前こそ何してんだ」


 ハルカに組み付かれ、主に背中の感触に対し脅威を感じてクロアは告げる。


「すぐ離れろ何か当たってるぞ」

「わざとやってんだよ喜べっ!」

「離せ」

「道角クロア! あんたもエースなら戦場で語り合えよ!」

「戦場じゃなくてシミュレーターだし、俺は元エースだ。離せ――離せっ!」

「うるせーさっさと入れ! てめーのマシンはこっちだ!」

「このセーラー服め!」

「黙りゃブーツ野郎!」


 わーわーぎゃーぎゃーぐいぐいぐいぐいぽよんぽよんがちゃんばったん、と。

 格闘の末、クロアはもう一方のシミュレーターに押し込められ、扉が閉められる。

 同時に照明が点灯。

 危なげない感知――クロアが借りている部屋とは違う。単に普通とも言う。


 クロアは抵抗を諦め、シミュレーター・マシンを確認する。

 汎用型のマシンとは違い、ATFシミュレーションに特化した専用のマシン。

 おそらくプロかエース候補者向け。操縦器ではなく、接続器を使う本格的なもの。

 フルフェイス型の接続器も、ATFで使われているものとほぼ同じ。

 というか、クロアがATFで使っていたオンボロよりも遥かに高性能だった。


 内部は真ん中にシートが、どかん、と設置されただけの空間だが無駄がなく、さほど広いわけではないのにあまり窮屈な感じがない。その辺に頭や脛をぶつけただけで機器の設定が狂うことも、機材やケーブルの束を踏んだり蹴ったりしただけで接触不良を起こしたりコンセントが外れたりすることもなさそうだった。シートの裏側を覗き込むと、そこに貼りつけられたシールにはマシンが一か月前に点検され、安全が確認されたことが表示されている。

 保守点検済み――クロアが使っていた骨董品とは違う。単に正気ともいう。


 接続方式は、今ではごく一般的な単方向式。

 神経接続端子を入れていない人間でも使用可能なもので、ATFでも大抵は同様の方式が使われている。従軍経験のあるCASEパイロット崩れが多かった昔ならともかく、今どきエースでも、一部の連中を除けば双方向式なんてものは使っていない。


 クロアはケーブルが不要な無線のフルフェイス型の接続器を被る。

 ああ剥き出しのケーブルの束とかないんだな、とクロアは思った。


 すると、シートに備えられた各種フィードバック機器が自動で身体を覆った。

 ああ自分で肌にぺたぺた貼り付けたりとかしないんだな、とクロアは思った。


 機器性能が良いので薄着(ジャージ)に着替える必要がないし、身体が固定されているので何かの拍子に転げ落ちる心配もない(よくあった)し、いちいち確認のガイド音声(超可愛い)が流れるし、そして何よりブーツを脱ぐ(できれば脱ぎたくない)必要もなかった。


「ちくしょうっ!」

「うるせーぞっ! ウチのエースが待ってんだよ早くしろっ!」


 ばん、とハルカが扉を叩き、自動音声に『こらっ! 叩いちゃ、めっ!』と怒られるのを聞きつつ。

 接続器が起動。

 直後、「このマシンでは接続器での操作が自動選択されます!」と告げるガイド。

 要するに、実際のATFとほとんど同じということだ。

 動かすのが、コンピュータ上のデータか現実の機体か、ほぼそれだけの違い。

 接続準備が始まった。

 接続器がクロアの脳波解析を開始する。


『実戦でないから負けた――』


 シロネの囁き声が聞こえる。


『――なんて言えないね。クロア』


 くすくす、と。

 今は声だけになって、姉が笑う。

 まあそうだな、とクロアは思う。


『知らない相手と戦うの、クロアは苦手なのにね。普通に負けちゃうんじゃない?』


 その方がいいかもな、とクロアは思う。


『じゃ、わざと負けたげよっか?』


 ふざけんな、とクロアは思う。冗談じゃない、ともクロアは思う。

 再び、シロネが笑った。


『じゃ、私たちのボーナス・ステージだね。クロア』


 クロアはそれ以上はもう何も思わない。

 シロネもそれ以上はもう何も言わない。

 接続器によるクロアの脳波解析が終了。

 あっという間に、接続準備が完了して。

 シミュレーションへの接続が始まって。

 クロアは、ぱちん、と目を閉じて――

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