1.元エースとセーラー服

 (中略)

 博士は言った。

「戦争をアップデートしたいんだよね」

「問題発言ですよ。それ」

 と私は答えた。


    (『博士についてのあれこれ』ハルはる著、ブロンクス・O・ロスマン編)


      □□□


「道角クロアです。通信制で学校に通ってます。今年、大学受験です」


 バイトの面接だった。コンビニのアルバイト募集。


「ええと、その……えっと、何かこう、長所とか特技とかあるかな?」  


 表示されたクロアの履歴データを見た相手が言った。


「長所と言えるかどうかはわかりませんが」


 そう前置きして。

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、輝くような笑顔を浮かべ、底抜けに明るい声で言った。


「元エースです!」


 落ちた。


『お姉ちゃんあえて言わせてもらうけどさ』


 と、シロネは言った。


『そりゃ落ちるよ』

「まあ、そうだな」


 これで、もう何度目かの不採用通知だった。


『というか、さすがに革ジャンは良くないよ』

「そうだな。次はスーツ着ていこう」

『というか、そのブーツもさ』

「そうだな。ちゃんと磨いてぴかぴかにしないと」

『そうじゃなくて』


 返送された履歴データを抱えて、とぼとぼ、と自宅の安アパートに戻った。

 安物の指紋認証が施されたドアは反応が悪く、二回ほどエラー音が鳴った。

 いずれ部屋に入れなくなるのでは、という疑念が脳裏をよぎる。

 疑念を抱いたまま、今回は三回目でようやく部屋に入る。

 が、暗い。

 認証がうまくいかなかったらしく、照明が点かない。

 仕方ないので、一旦部屋を出て、もう一度入り直す。

 玄関のドアは今度も一回エラー音を鳴らした。

 まじで部屋に入れなくなるのでは、という不安が脳裏をよぎる。

 不安を抱いたまま、部屋に入る。今度はさすがに照明も付いた。

 ブーツを脱いで部屋に上がり、四畳半の居間へと進む。

 隅っこのミカン箱の上に置かれたディスプレイの前に座った。


「メール」


 と告げたが反応がなかったので、部屋の真ん中に寄って、天井にあるマイクに向かって「メール! ディスプレイ!」と心持ち大きめの声で告げる。


『だからもうちょっと良いとこ借りればいいとお姉ちゃんあれほど』


 と煩い姉のことは無視して、ディスプレイに表示されたメールをチェック。

 クロアは「今月の公共料金額」を確認し、「バイト採用面接の結果通知」を開いたところ不採用通知だったので削除し、「簡単に稼げる! お得情報!」は開かず削除し、「クロアへ。婚約の申し込みについて。byアンジー」も開かずに削除した。


 同様に留守電も確認する。

 まず、未登録の番号から二件。再生してみたところ二つともセールスだった。削除。続けて「アンジー」と登録されている番号から十件。全て削除。最後に、これも未登録の番号から一件。どうせこれもセールスだろうと思いつつ、再生。


『――本日そちらに伺います。以上』

「…………」


 何だこれ、とクロアは思いつつ、とりあえず削除しておく。

 ちょうどその瞬間だった。

 ぴんぽーん、と古風な音のチャイムが玄関から鳴り響いた。


「……誰だ?」

『例のお嬢様じゃないの?』

「違う。あいつは指紋登録されてるから、チャイムなんて鳴らさず入ってくるはず」

『何で登録されてるの?』

「前に部屋に入れたとき、あいつが勝手にやった」

『ごめん。お姉ちゃんそれ知らないんだけど。何があったの?』

「何にもなかった。ただ単に一晩泊めただけだ」

『お姉ちゃん思うんだけれど、もう責任とって結婚するべきじゃないかな』

「まったく、一体誰だよ」


 部屋の真ん中に移動してマイクに向かって命令し、ディスプレイに訪問者情報を表示させる。やはり登録は無し。指紋によるハザードチェックの結果は「危険性は確認されません」となっている。が、この部屋のセキュリティ・システムはいまいち信用できなかったので、カメラ映像を呼び出して相手の姿を直接表示。


『道角クロア』


 と、その瞬間を狙ったかのように――というかたぶん狙って、そいつは言った。


『「道角兵器整備社」の元エース。CASE適性も操縦技術もエースとしての経験も突出したところは無く、操縦する機体も企業のバックアップ体制も貧弱、世間の認知度もいまいち――にも関わず、有力なパイロットとして業界では有名。特に同じ相手との二戦目以降で異様な力を発揮することで知られている』


 そこまで一息に言って、カメラに向かって視線を向け。

 きりっ、と。

 たぶん精一杯シリアスな顔で言ったそいつの姿を見て。


「…………」


 変だ、とクロアは思った。

 カメラに映る、そいつの格好。

 独特の襟が付いた上着。胸元で揺れる黄色のスカーフ。プリーツスカート。

 思わず、クロアはつぶやく。


「……何でセーラー服」

『しかもおかっぱちゃんだよこの娘。完璧だ』

「何がだ」


 セーラー服。

 昔、この島国の学校でよく使われていた制服。前に見たことがあるので知ってる。

 着ているのは見た感じ自分と同年代の少女で、さすがに強盗では無さそうだった。

 とはいえ大抵の教育機関が制服を廃止しているこのご時世では今時見ない格好だ。

 つまり、やたら古風な学校の生徒でなければ、ただのコスプレということになる。

 そんな格好でシリアスかまされても、その、うん――ちょっとばかり反応に困る。

 それに、それ以上に――


『あれだよね』


 と、シロネが言った。


『前にあのお嬢様が着てきたよね』

「ああ」

『そうかー。あれで道を踏み外しちゃったかー』

「違うそうじゃない」


 何か勘違いをしているらしいので、一応否定しておく。

 が、姉はつんとそっぽを向いていて聞いた様子もない。

 どうしたもんかと思っていると、そいつは、ずい、と胸を張って告げてきた。


『あんたに話があって来た。ちょいと時間を私に寄越せ』

「……どう思う? シロネ?」

『ふんだ。お姉ちゃん知らない』


 と言って不貞寝するシロネ。こうなると梃子でも動かない。仕方ないからこの姉のことは無視しよう、と決めたところで相手が言った。


『しょうがねーな』


 ぎゅ、とスカートの端っこを両手で摘まみ、


『やっぱ見せたげないと駄目か。めっちゃアレなの履いてきたぞ。黒。しかと見ろ』

「お前何考えてんだ!」


 クロアは全速力で扉に飛びつき、二回程エラーを鳴らしつつ、扉を開けた。

 セーラー服の少女は何事もなかったかのように片手を、ひょい、と上げて、


「おっす、道角クロア。初めまして」

「それよりも、お前にはいろいろと言わなきゃならんことがある。そこに直れ」

「やだよ。あ、そーだ。せっかくだし見る?」

「見ない」

「けっ、童貞め」

「当たり前だろ。未婚だぞ」

「やべえぞこいつ朴念仁だ」

「あと、強いて言うなら俺は白の方が好みだ」

「あ、うん。記憶しとくわ」

「で」


 と、クロアは尋ねる。


「お前誰だ」

「ハルカ」

「名前だけじゃわからん」

「この物語のヒロインだ」

「お前が誰なのかわかるよう説明しろ」

「うっす。そんじゃまず、部屋入れて」


 クロアは少し迷った。

 が、このまま玄関先でコスプレをした女と立ち話をし続けるのも問題だった。


「……仕方ない。入れ」

「おっじゃましまーす!」


 と言って、踵を容赦なく潰しながらスニーカーを脱ぎ、部屋に上がるセーラー服。


「それじゃあ説明しよう」


 と言って、するり、とスカーフを解く。

 それから、ぐいっ、と襟元をはだける。


「おいこら」


 数秒前の自分の判断を後悔して、胸元をがっつり見せてくる女をクロアは止める。

 ちなみに黒じゃなくてピンクだった。単に上下で違うだけかもしれない。


「ちげーよ。もっとよく見ろ」

「ふざけんな。一体何を勘違いしたのか知らんが――」


 と、言いかけて、気づいた。

 はだけられた胸元に、何かが描かれていた。

 一瞬、プリントタトゥーかと思ったが違う。

 レーザープリントによる刻印。

 描かれているのはシリアルナンバーとバーコード。

 それから、歯車を抱いた人型のマーク。

 見慣れたマークだった――なんせエース機にだって同じものが刻印されていた。


「――CASEマーク、か」


 目の前の相手の姿を見返した。

 ただの少女にしか見えない姿。

 反射的に、肌の色や瞬きや呼吸に不自然さを探すが、何一つ見つからない。

 当然だ。

 マークの傍らには、UVCの文字が添えられていた。

 いわゆる「不気味の谷」問題を解決済みの――UVC規格のCASE。

 完全に人間にしか見えない機械。

 人間とほぼ同じでしかない機械。

 わざわざ、そんなCASEを操っている連中はもちろん決まっている。


「NI」  

「おーよ」


 襟を直してスカーフを結んで、最後に、ふんす、と胸を張ってみせて。

 セーラー服の少女の姿をした機械を操る、人間ではないそいつが言う。


「美少女NI実業家のハルカ・OZ・H・箱ノ宮だ。『宮やん』と呼べ」


 片手をクロアに向かって差し出して。

 地球上における現在最高の知的生命体であるそいつは、こう告げる。


「あんたをスカウトしに来た――ちょっくら一緒にエース事業やろうぜ。クロア」

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