第87話 国見青音 35歳 ―冬②―

 車窓からの景色を眺めながら、ふと大月さんに聞きたいことが思い浮かんだ。


「そういえば、もう何年か前に子どもが生まれたって聞いたんだけど、いくつくらいになったの?」


 誰から聞いたのかは覚えていなかったが、大月さんに子どもが生まれたと聞いた当時はまだ大月さんのことを引きずっていて、祝福する気持ちよりもショックだったことを覚えている。


「えっとね、上の子は小学2年生で、下の子は4歳になったよ。国見君も子どもがいるんだよね?」


「うちは上の子が4歳で、下の子は1歳だよ」


「あ、じゃあ下の子は同い年だね」


「そうだな。でも、大月さんの上の子はもう小学2年生ってびっくりだな。もうすっかりお母さんなんだな」


「うん。一応こんなんでもお母さんやってるよ」


 外見は12年前とたいして変わっていないように見えても、過ぎた時間の分だけ大月さんも俺も何かが変わっているのだろう。


「子どもが大きくなるのもあっという間だよな」


「本当にね。うちの上の子なんてすぐに中学生になっちゃいそうだよ。中学生って言ったら国見君と初めて出会った頃だから、自分の子どもがそんなになるなんて不思議だよ」


「そうだよな。あの頃の自分たちと同じ年齢になるって不思議だな。あの頃はまだ12歳だったんだな」


 そんなことを話しながら、脳裏に中学校の教室が思い浮かんだ。そのとき、「あっ」と大月さんが何か思いついたようにこちらを向いた。


「初めて話したときのこと、覚えてる?」


 電車の車窓から差し込む朝日に、目を細めながら大月さんが言った。


「いや、覚えてないな」


 中学に入学し、初めて出会ったときに席が隣だったことは覚えているが、初めて交わした会話までは覚えていない。


「私は覚えてるよ。すごい印象に残ってる」


 もともと細い目をさらに細めて、笑いながら大月さんが言った。


「どんなこと話したんだっけ?」


「入学式の後でね、学級委員長を決めるときに、国見君が急に声をかけてきたんだよ。あんたがやればいいじゃんって」


「マジか。初対面なのに、俺そんなこと言った?」


「うん、びっくりしたから印象に残ってる」


 いくら中学生だったとはいえ、初対面の相手にそんなぶっきらぼうな言い方をしていた自分に驚いた。


「今じゃ絶対にそんな声のかけ方できないな」


 そう言ってお互いに笑った。


「あれからもう20年以上経ってるなんて信じられないよね」


「そうだな。過ぎてみればあっという間だったな」


 電車の天井を見上げながら言った。


「お互いおじさんとおばさんになっちゃったね」


 そうだな、と笑ってみせたが、隣に座っている大月さんを見てもおばさんには見えない。細身で背が高く、中年太りとは無縁に見える。しかし、10代や20代の頃と同じかといえば、そういうわけでもない。初めて出会ってから23年という月日が過ぎて、何もかもが変わったのだと思う。


 しかし、今でも大月さんは綺麗だなと思う。



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