第81話 大月千尋 22歳 ―wedding③―
「もうすぐ大学卒業だよね?」
烏龍茶を飲みながら声をかけようか迷っていると、国見君から声をかけてくれた。
「あ、うん。今度の3月で卒業だよ。4年間、あっという間だったなぁ」
なぜだか少しほっとしながら答えた。
「国家試験ってこれこら? それとも、もう試験は終わったの?」
「ううん、国試は2月だから今まさに勉強中だよ」
「そっか、あと2ケ月か。余裕で合格できそう?」
国見君が少しからかうように言った。
「もちろん。私くらいになると本当は勉強なんてしなくても余裕だよ」
大袈裟に胸を張ってみた。
「おぉ、さすが。勉強できそうだもんな」
「うそうそ! 全然余裕じゃないよ。毎日必死に勉強してるよぉ」
私の強気な発言が意外とすんなり受け入れられてしまい、慌てて訂正した。
「そっか。大変そうだけど、無事に合格するといいな」
「うん、ありがとう。あと2ヶ月頑張らないと」
「そうだな…」
目が合うと、国見君がまだ何か言いかけているような気がした。
「…、卒業したらこっちに帰ってくるの?」
「うん、就職先も一応決まってて、こっちに帰ってくるよ」
「そっか」
小さく笑った国見君は、なんとなく嬉しそうに見えて、私も嬉しくなった。
「国見君は、仕事のほうはどう?」
確か以前仕事について尋ねたときは、仕事が辛いというようなことを言っていたはずだ。
「仕事は…、辞めたよ。7月に辞めて今は無職」
先ほどまでの笑顔が少し曇るのがわかった。
「そうなんだ。やっぱり仕事が大変だったの?」
「いや…、特に大変だったわけじゃないし、環境も悪くなかったのに、どうしても嫌で逃げちゃったな」
自嘲的に笑いながら国見君が言った。
「仕事が合わなかったってことなのかな」
あまり踏み込んで聞かないほうがいいかと思いながらも、国見君がどんな気持ちだったのか、今はどんな気持ちなのかが気になって重ねて質問してしまった。
「ううん、ただ単に俺がダメだったんだ。自分で就職する道を選んだくせに、大学に進学した人たちが羨ましくなって、ふてくされてただけなんだよ。まぁ、自業自得だな」
「でも、3年間は勤めたんだから頑張ったと思うよ」
「どうだろうな。でも、ありがとう。大月さんは優しいな」
そう言って国見君は笑ったが、心からの笑顔ではないことはすぐにわかった。こんなふうに弱っている国見君を見たのは初めてだった。
「仕事は一つじゃないんだし、無理することはないと思うよ。…って、大学生の私が言っても説得力ないよね」
少しでも国見君を励ましたくて言ってみたが、まだ大学生の私が何を言っているんだろうと自分で可笑しくなってしまった。
「いや、そんなことないよ。大月さんの言う通りだと思うし、そんなに気を遣わなくてもいいよ」
「そんな…、別に気を遣ってるわけじゃないよ」
「まぁ、仕事を辞めて5か月経ったけど、辞めてみて初めて仕事をしているほうがいいなって感じたよ。だから、今はまた就職活動してるんだよ」
まだ笑顔は弱々しいけれど、国見君が前向きに考えていることに安心した。
「そうなんだね。私も就職したら頑張らないとなぁ」
「うん、お互い頑張らないとな」
1年ぶりに国見君と話したけれど、いざ話し始めてみるとゆったりとしたテンポで会話は続いた。賑やかなレストランの中で、私たちの周りだけ穏やかな時間が流れているようだった。
しばらく話していると、不意に国見君に見つめられた。ほんの2、3秒だったと思うけれど、時間が止まったように感じた。
「あのさ…、大月さんは今も———」
国見君が何かを言いかけたところで、少し離れたテーブルから「千尋!」と私を呼ぶ声が聞こえて目を向けると、同級生の子が手招きをしながら「みんなで写真撮ろう!」と言っている。
国見君に視線を戻すと「行ってきなよ」と言って飲み物を口に運んでいる。
「でも…、今何か———」
「いいよ。大したことじゃないから気にしないで」
「…わかった。ごめんね」
国見君の言いかけたことが気になりながらも写真を撮りに行ったが、その後すぐにお色直しをした彩子ちゃんと達也君が再入場してきて、結局国見君が言いかけた言葉の続きを聞くタイミングはないままになってしまった。
彩子ちゃんと達也君の結婚式は無事にお開きとなり、結婚式の参加者は二次会組と、帰宅組に別れた。
志保と一緒に二次会の会場へ向かうバスに乗ると、隣に停まっている帰宅組のバスに国見君の姿が見えた。
———国見君は二次会に来ないんだ…。
二次会でまた国見君と話せると考えていただけに、がっかりしながら去年の3月のことを思い出していた。
二人でドライブに行って国見君が告白をしてくれてから2年近く経つけれど、今の国見君の気持ちはわからない。彼女がいるのか、誰かに恋をしているのか、もしかしたら仕事を辞めて恋愛どころではないのかもしれない。
私は変わらずに誠と付き合っているけれど、今日みたいに国見君に会うとやはり気持ちが揺らいでしまう。
——— 一体、私はどうしたいのだろう。
誠と付き合いながらも国見君のことを気にしていて、でも誠のことを好きだという気持ちにも嘘はない。誠とこのまま付き合っていくことが正しいのだとわかっているけれど、国見君と一緒にいたならどんな毎日になるのだろうかと考えてしまう。
しかし、国見君は仕事を辞めて、今でも何かに悩んでいる様子で、国見君と一緒にいる毎日を想像してみても、どこか危なげで不安定なイメージになってしまう。
———国見君がもう少ししっかりしていてくれれば…。
国見君の今の気持ちを知りたいけれど、2年近く前の告白を気にしているのは私だけなのだろうか。
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