第75話 大月千尋 20歳 ―核心④―

 家に帰りシャワーを浴びてベッドに入っても胸の中のモヤモヤは消えず、志保への嫉妬心と国見君とほとんど会話を交わせなかったことの後悔が、眠れない夜を長くしていく。


 目を閉じてまぶたの裏に流れるのは夢ではなく、中学や高校時代、そして成人式での国見君の姿だった。


 昨年末に久しぶりに再会してからの国見君は、中学や高校の頃と違って積極的だった。二人で写真を撮ろうと誘ってくれたときも、成人式や二次会で話をしていたときも、ドライブをしようと誘ってくれたときも…。


 ———国見君は、私のことをどう思っているのかな…。


 高校2年の頃に、総合体育館で志保と松崎君と4人で練習したときに最後の告白をして、「無理だ」と言われたときに国見君の気持ちはわかったはずだ。


 しかし、久しぶりに再会してからの積極的な国見君を見ていると、私のことを気にしてくれているような感じがする。もしかしたら自意識過剰な勘違いなのかもしれないけれど、私の気持ちは揺れている。


「あぁ、二人でドライブに行きたいな…」


 暗い部屋の中に吐き出したため息とともに、そんな独り言が口からこぼれた。


 国見君からのドライブへの誘いを断ってしまったことを、今さらになって後悔している。誠は私が国見君と二人でドライブに行くことを当然嫌がるだろうけれど、やはり私は国見君ともっと話たいしドライブに行きたいと思ってしまう。


 自分勝手でわがままだと思ったけれど、一度は断ったドライブに国見君を誘ってみようと思った。国見君の気持ちと、何よりも自分の気持ちを確かめるために。


 誠には…、何も伝えない。誠への罪悪感もあるけれど、後悔したくない。


 暗闇の中で枕元にあるケータイを探り当て、眩しさに目を細めながら国見君へのメールを打った。


[今日はありがとう。みんなで飲めて楽しかったね。もうちょっと国見君と話せるとよかったけど、意外と時間がなかったね。それと、前に誘ってくれたドライブなんだけど、やっぱり二人で行きたいと思うんだけど、国見君はどうかな?]


 メールを送信して再び目を閉じたが、今度は胸の中のモヤモヤよりもドキドキで眠れない。どんな返事が返ってくるだろうか。自分勝手だと言われるかもしれないし、オッケーしてくれたとしても国見君との予定が合わない可能性もある。


 私は一週間後の日曜日には岐阜へ戻る予定だが、国見君は仕事があるので平日にドライブに行くのは難しいだろう。そうなると、ドライブに行ける可能性があるのは明日の日曜日か、来週の土曜日くらいしかない。


 眠気が訪れる気配もなくそんなことを考えていると、メールの着信音が暗闇に響いて驚いた。


 ケータイを確認すると国見君からであった。


[楽しかったね、ありがとう。俺ももう少し大月さんと話したかったけど、なかなか話せなかったな。ドライブはもちろんオッケーだけど、彼氏は大丈夫?]


 国見君から当然の疑問を投げかけられた。


[うん、彼氏のことは大丈夫だよ。私は来週の日曜日までこっちにいるんだけど、国見君は都合のいい日があるかな?]


 誠には何も伝えていないが、勝手に大丈夫だということにしてしまった。


 メールを返信してからしばらくは眠れなかったが、国見君とドライブに行けそうだということにほっとしたのか、それともアルコールのせいなのか、いつの間にか眠ってしまった。


 メールの着信音に目を覚ますと、カーテンの隙間から日が差し込んでいる。壁に掛けられた時計を見ると、10時を少し過ぎたところだった。


 眠い目をこすりながらメールを開いた。


[おはよう。次の土曜日なら空いてるんだけど、大月さんはどう?]


[おはよう。良かった!私も次の土曜日は大丈夫だよ]


 国見君の予定も空いていることに安堵して、ベッドから起き上がった。







 [今から出発するよ]


 国見君からメールが届いた。家の前まで出てみると、午前10時でもすでに暖かかった。3月中旬の穏やかな風は気持ちがよく、絶好のドライブ日和になった。


 この一週間の間にも誠とメールや電話をしたけれど、国見君とのドライブについては言わなかった。黙っていることに後ろめたさも罪悪感もあるけれど、国見君のことを中途半端に気にしたまま誠と付き合っていくわけにはいかない。だから、気持ちをはっきりさせるためにも、今日国見君に会うことにした…。こんなものは自分に都合のいい言い訳かもしれない。けれど、自分の気持ちに答えを出すために、私にはこうする以外に方法は思い浮かばない。


 ――—もう一度、国見君と一緒にいたいのかもしれない…。


 ―――もう、国見君のことを忘れてしまいたいのかもしれない…。


 私の気持ちの核心はどちらなのだろうかと考えながら家の前で待っていると、道の先のほうに国見君の車が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る