第74話 大月千尋 20歳 ―核心③―
4人が揃って軽くあいさつを済ませるとさっそく居酒屋に向かったが、歩きながら4人で話している最中もなんとなく国見君とは視線が合わない気がした。国見君は普通に笑いながら話しているけれど…。私が気にし過ぎているだけだろうか。
居酒屋に入るとテーブル席に通された。昨年末のときと同様に、私と志保が並んで座り、向かい側には国見君と松崎君が座った。ただ、年末のときと違うのは、私の向かい側が国見君ではなくて松崎君だということだけだ。
それぞれにお酒や食べ物を注文して4人で会話をしていても、やはり国見君と視線が合わない。3月のドライブを断ったせいだろうか。
気になりながらも、志保や松崎君のテンポが速い会話の中で、私から国見君に声をかけるタイミングが見つけられないでいると、注文したお酒とサラダが運ばれてきた。
ちょうど私の目の前に大皿に盛られたサラダが置かれたため、みんなに取り分けようとしたときにサラダの上に乗せられている真っ赤な物体が目に入った。
———あ、トマトだ!
まず志保と松崎君の分のサラダを取り分けた。
「はい、どうぞ」
「ありがと、千尋」
「大月さん、ありがとう」
そして、最後に国見君のサラダを取り分けて「国見君、トマトたくさん乗せてあげようか?」とからかってみた。
確か国見君はトマトが大嫌いだったはず。
「うわ…。いらない、いらない。わざとだろ」
心底嫌そうな表情をして首を振っているが、やっと国見君と視線が合った。
「冗談だよ。トマト抜きで、トマトの汁も付いてないとこ取ったから大丈夫!」
そう言って小皿に盛ったサラダを渡すと国見君が笑顔に戻った。
「良かったぁ。助かるよ、ありがとう!」
トマト作戦が功を奏し、そこからは時々視線が合うようになり少しは言葉も交わせたが、志保と国見君が話していることが気になって仕方がなかった。国見君が時々私に話をふってくれるけれど長くは続かず、すぐに志保や松崎君に取って代わられてしまう。
志保はもともとおしゃべりで、誰とでもスムーズに会話をするけれど、今日はやけに国見君と話している気がする。私は松崎君と話をしていても、隣の二人の会話が気になって松崎君の話している内容が頭に入ってこない。
「相変わらず出会いがなくてさぁ。彼氏ほしいんだけど国見の周りでいい人いない?」
「そうだなぁ。俺もそんなに友達多くないからな」
「国見は?彼女は?」
志保の国見君への質問に私もついつい耳を澄ましてしまった。
「…いや、彼女はできてないよ。柳瀬さんと一緒で一人だよ」
苦笑いしている国見君の返事に、ほっとしている自分がいる。
「そっかぁ。お互い寂しいねぇ」
そう言って国見君と志保は二人で笑い合っている。
そんな二人のやりとりを聞いていると、楽しい気持ちが少しずつ萎んでいき、いつの間にか胸の中にはモヤモヤしたものが立ち込めていた。
———志保、ちょっと国見君としゃべり過ぎ…。
モヤモヤしたものの正体が嫉妬心であることはすぐにわかった。頭では『私には誠がいる』とわかっていても、どこからともなく志保に対する嫉妬心が湧き上がってくる。
———もう少し国見君と話したいのに…。
私が国見君のことを好きだったことや付き合っていたことを志保だって知っているのに、それを知りながらわざと国見君とたくさん話しているようにさえ思えてきてしまう。
そんな被害妄想的なことを考えながらも、志保と国見君の会話に割って入ることもできず、まさかふてくされるわけにもいかず、松崎君の話に相槌を打ちながら隣の二人の会話に聞き耳を立てることしかできなかった。
国見君ともっと話したいという気持ちを引きずったまま時間は過ぎていき、結局たいして話をすることもできないまま解散となってしまった。
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