第72話 大月千尋 20歳 ―核心①―

 成人式が終わり、大学の講義も始まるため翌日には岐阜に戻った。岐阜に戻ってきてからあっという間に一週間が過ぎて、再び勉強で忙しい毎日が始まっていた。


 こうして一人暮らしのアパートに戻ってきて、大学へ通い、放課後に誠と過ごしていると、私の現実はここにあるのだと実感する。


 しかし、成人式が終わってからというもの、何かが足りない気もしている。大学で講義を受けたり、誠や友人たちと過ごしていると忘れてしまうけれど、一人になったときにふと喪失感のようなものが姿を見せる。





 日曜日の夕方。誠は予定があるとのことで、一人で窓から見えるオレンジ色の空を眺めていた。


 こんなときに、わずかな喪失感とともに国見君のことが頭に思い浮かぶ。年末に久しぶりに再会してから成人式が終わるまでの2週間の間で、国見君とメールでやりとりをして、二人で出かけて話もたくさんできたことは、素直にとても楽しかった。


 年末に再会する前までは、時々国見君のことを考えることはあっても、感情が大きく揺れるようなことはなかった。しかし、久しぶりに国見君を見たとき、心の奥底で火花が散って、メールをしたり話をしたりするうちに静かに炎が燃え広がっていくような感じがした。


 ———高校3年生の文化祭のときに国見君に手紙を渡して、私はあの恋を終わらせたはずなのに…。


 深く考え過ぎるとよくない気がして別のことを考えようとしてみるが、油断するとすぐに国見君のことを考えてしまう。


 余計なことを考えないように夕食の準備をしようと立ち上がったとき、メールの着信音が鳴った。


 ———もしかしたら…。


 また変な期待をしている自分に気がついて、頭を振ってからケータイを手に取った。メールの受信フォルダを開いた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。


 ———国見君からだ。


 胸がドキドキと落ち着かなくて、すぐにメールを開くことはやめた。内容を知りたい気もするが、知りたくない気もする。


 ———余計なことを考えるな。


 ドキドキしている自分に強く言い聞かせる。


 ———私には誠がいるじゃないか。


 ケータイをテーブルに置いて、夕食の準備を再開することにした。


 メールのことを考えないように意識しながら野菜を切っていると、テーブルのほうで再びメールの着信音が鳴った。放っておこうかとも思ったが、送信してきた相手が誰なのか気になり、ケータイの画面を確認すると誠からであった。


 ホッとしてメールを開くと[今日は遅くなるから、そのまま家に帰るよ]と書かれていた。


 友人と出かけて、夕食も一緒に食べてくるのだろう。[わかったよ。また明日ね]と返信して、国見君からのメールは開かずに、ケータイを再びテーブルに置いて料理を再開した。


 テーブルに夕食を並べ終えて、さっさと食べてしまおうかと思ったが、やはり国見君からのメールが気になってしまう。


 先ほどよりも落ち着いてはいるが、まだ少し緊張しながらメールを開くことにした。


[成人式ぶりだね。春休みには静岡に帰省する予定はある? もし帰省するようなら、ドライブでもどうかなって思って。]


 大学は2月末あたりから春休みに入るため、3月には帰省するつもりでいるが、ドライブということは二人で…、ということだろうか。


 年末に二人で写真を撮りに行ったときには「写真を撮りに行くくらいなら…」とあまり深く考えずに出かけたが、今回はいろいろと考えてしまう。


 国見君は私に彼氏がいることを知りながらもドライブに誘ってくれていて、嬉しいけれど私には誠がいる。このまま誠に黙って国見君と出かけることはできない…。だからといって「帰省しない」とか「予定がある」とか、そんなふうに国見君に嘘はつきたくない。


 すぐに国見君に返信することはやめて、正直に誠に相談することにした。



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