第71話 国見青音 20歳 ―成人式④—

 店の中央付近を歩いていると「国見!」と声をかけられて、声のほうを見ると柳瀬さんが手を挙げていて、隣に大月さんが座っていた。


 二人がいるテーブルまで行くと、柳瀬さんが大月さんの隣から向かいの席に移動して「国見はそっち」と言って、俺が大月さんの隣に座ることになった。どうやら柳瀬さんが気を遣っているらしい。


 お酒を飲んでいるおかげか、大月さんの隣に座ってもそれほど緊張しなかった。


「メールくれてありがとう」


 言いながら隣の大月さんを見ると、お酒を飲んでいるせいか頬がほのかに赤く染まっている。


「メールしなきゃ国見君来ないんじゃないかと思って」


「そんなことないよ。探しに行くつもりだったよ」


「えぇ、本当かなぁ」


 からかうように大月さんが笑う。


 こんなふうに気軽に話ができることが、こんなにも嬉しいことが不思議だった。高校の頃に二人で会って話をしていたときには、これほど気分が高揚することがなかったように思う。やはり、大月さんに対する気持ちが高校の頃と現在とでは全く違うのだ。高校の頃はこんなふうに大月さんに強い恋心を抱いていなかったのだと改めて実感した。


「お正月に二人で出かけたんでしょ?」


 大月さんのことを考えていると、不意に柳瀬さんに尋ねられて我に返った。


「あぁ、出かけたって言っても、ちょっと写真撮りに行っただけだよ」


「お茶の丘公園でね」


 大月さんが補足してくれる。


 その様子を見て、柳瀬さんがニヤけている。


「ふぅん。国見から千尋を誘ったんでしょ?」


「うん、そうだけど———」


「やけに積極的じゃん」


 俺の返事に被るように柳瀬さんが言い、俺は少し照れくさくなり持ってきていたウーロンハイを一口飲んだ。


「でも、残念だねぇ」


 柳瀬さんの言葉に思わずムセそうになった。柳瀬さんが次に言おうとしている言葉がわかる気がした。


 ———頼む。予想と外れてくれ…。


 心の中で祈った瞬間、柳瀬さんが口を開いた。


「千尋、今は彼氏いるんだもんね」


 予想通りの言葉だった。年末に一緒に飲んだときから予想はしていたが、はっきりと「彼氏がいる」という事実を突きつけられるのは、やはり辛かった。


 しかし、ショックを受けていることを悟られたくはない。必死で笑顔を作り、なるべく明るい声で「やっぱりな!そうだと思ってたよ」とおどけてみせた。


「しかも、すごい優しい彼氏なんでしょ?」


 俺の心にさらなる追い打ちをかけるように、柳瀬さんが大月さんに尋ねる。


「え…、いや…、別にそんな…」


 大月さんは少し困ったように言いよどんでいるが、そんなことには構わずに「うらやましいなぁ」と言いながら、無理矢理笑顔を絞り出してみせた。


 大月さんに彼氏がいるという事実が明確になり、今にも砕け散りそうな恋心を抱えたまま、今すぐこの場所から離れたいという気持ちと、このまま大月さんの隣に座っていたいという気持ちがせめぎ合っている。


 その後も大月さんと柳瀬さんと三人で会話をしていたが、ほとんどが耳の中を通り過ぎていくだけで、どんな内容の会話をしていたのか覚えていない。ただ、強く締めつけられた胸の痛みと苦しさだけは忘れることができなかった。


 二次会は滞りなく終わり、俺は友人たちに誘われて三次会と称してカラオケまで行ったが、どんな歌を聴いても歌っても、胸の痛みは消えなかった。


 成人式の翌日から3日間、俺は仕事を休んだ。もちろん、言うまでもなく失恋によるショックで。


 高校の頃には散々大月さんの気持ちをないがしろにしてきたくせに、今頃になって恋をして、勝手に失恋をして落ち込んでいるなんて間抜けだ。


 あんなに素敵な人に彼氏がいないわけがないではないか。一緒にいた頃にその「素敵さ」に気づかなかった自分は、なんと愚かだったことか。


 会社を休んだ三日間は、ひたすら後悔に押し潰されていた。しかし、後悔の海で溺れかけながらも、このままで終わりたくないと必死にもがいてもいた。


 



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