第69話 国見青音 20歳 ―成人式②—

 立花自身は落ち着きがなくお調子者な性格だが、外山さんは静かで落ち着いていて白い肌と整った顔立ちは日本人形を思わせる。


 人のことを言えた立場ではないが、立花も恋愛には「超」がつくほどの奥手で、中学の頃は外山さんとほとんど会話をすることもなく時間は過ぎてしまい、別々の高校に進学してからはその姿を見かけることさえなかったらしい。もちろん連絡先も知らないようだった。つまり、立花にしてみれば中学卒業から5年ぶりの再会となるわけだ。


 しかし、超奥手な立花が自分から外山さんに声をかけられるわけもない。俺も大月さんを探すために時間を無駄にはできないが、立花のために時間を割くのはやぶさかではない。


「佐伯、林、ちょっと…」


 佐伯と林に外山さんがいることを伝えると、二人とも即座に状況を理解した。


「オッケー! じゃあ、行ってみよう!」


 ソワソワしている立花の背中を叩くと「なんだよ、どこに行くんだよ」と言ってはいるが、特に抵抗するでもなく背中を押されるまま外山さんへと近づいていく。


「久しぶり。外山さんだよね?」


 どんなときにも冷静な佐伯が声をかけた。


「あ…。うん、お久しぶり」


 見た目に合った澄んだ鈴の音のような声で外山さんが答えた。


「急でアレなんだけど、みんなで写真撮ろうよ」


 外山さんを前にして完全に固まってしまっている立花に代わって、佐伯が話を進めてくれる。


「はい。ぜひお願いします。でも、どうして私と…?」


 外山さんの疑問は当然だ。中学生当時の俺たちは外山さんに声をかけるようなことはなかったし、積極的に声をかけるような関係ではなかったのだ。


 しかし、ここで「実は立花が外山さんのことが好きだった」なんてことは言えるわけもないので、どう答えたものかと考えていると、中学時代から変わらずイケメンである林が答えた。


「振袖を着た美しい女性がいれば、誰でも一緒に写真を撮りたくなるんだよ」


 林の言葉に思わず俺の顔が赤くなってしまわないか心配になったが、言われた本人である外山さんは「そう。嬉しい言葉をありがとう。それじゃあご一緒させてもらおうかな」と静かに微笑んだ。そして、透き通るような白さは揺らぐことはなかった。


 本当は立花が林のような言葉を外山さんに言えれば良かったのだろうが、立花には逆立ちしても無理な要求だろう。その立花はというと…、端っこでおどおどしている。


 ―――立花、その気持ちわかるぞ。


 近くにいた同級生にカメラを渡して、俺たち4人と外山さんが窓際に並んだ。


 立花は照れ隠しのためか外山さんから一番離れた所に並ぼうとしたが、俺と佐伯と林の連携プレーでごく自然に外山さんの隣に立花を誘導して、写真を撮ってもらった。


 この後は立花自身に任せて、俺は改めて大月さんを探そうと視線を周囲に向けたとき、少し離れたところに柳瀬さんと一緒にいる大月さんを見つけた。


「ちょっと行ってくる」


 そう言い残し、大月さんのほうへと向かった。


 俺が近づいていくと、大月さんもこちらに気づいて小さく手を振ってくれた。


 ———あぁ、綺麗だな…。


 細身で背の高い大月さんに黒を基調とした振袖が似合っていた。派手さはなく、それでいて暗い印象はなく、ただひたすらに綺麗だと思った。


 心臓は高鳴っている。しかし、先ほどの立花のように固まっているわけにはいかない。


「やっと見つけたよ。振袖、すごく似合ってるね」


 迷わずに大月さんに伝えた。


「ありがとう。国見君もスーツ似合ってるね」


「ありがとう。弓道の袴はやめたよ」


 俺が冗談を言うと「着て来たら笑ってあげたのに」と言って大月さんが笑った。


「ちょっと、私もいるんですけど」


 大月さんの隣で柳瀬さんが不満気な顔をしている。


「柳瀬さんも振袖似合ってるよ」


 柳瀬さんは薄いピンク色を基調とした明るい振袖だ。


「なんかついでに褒められたみたいだなぁ」


「そんなことないって。柳瀬さんらしくていいと思う。ね?」


 慌ててフォローしながら大月さんに助けを求める。


「うん、志保らしくて可愛いよ」


「なんだかなぁ…。まぁ、いっか。とりあえず写真撮ろうよ」


 大月さんの助けもあり、柳瀬さんの機嫌は戻ったようだ。


 三人で並んで写真を撮ったあとに、柳瀬さんが「二人の写真撮ってあげるよ」と言ってくれた。


 大月さんと二人で並ぶと、正月にお茶の丘公園で写真を撮ったときよりも二人の距離が近くなっているような気がした。


「はい撮るよー」


 柳瀬さんの声でピースサインを作ったが、緊張してうまく笑えているかわからなかった。


「国見君、今夜の二次会も来るよね?」


 夜には駅前の居酒屋を貸し切って、二次会が予定されている。


「うん、もちろん。また、そこで話せるといいな」


「そうだね。二次会でもたくさん話そう」


「じゃあ、また後で」


「うん、またね」


 二次会でも大月さんと話ができるという喜びを胸にその場を離れて、友人たちのほうへと戻った。



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