第66話 大月千尋 20歳 ―photograph②―

 車を降りると公園に人の姿はなく、冬の澄んだ空気のおかげで遠くの富士山や伊豆半島がはっきりと見えている。


「誰もいないし、写真を撮るにはちょうどいいね」


「うん、天気も晴れて良かったな」


 そう言いながら国見君が車からデジカメを取り出した。しかし、そこで国見君が「あっ」と何かに気づいたような顔をした。


「どうしたの?」


「三脚忘れた…」


 頭をかきながらデジカメを片手に周囲をキョロキョロ見回している。誰か撮影を頼める人がいないか探しているのだろうか。


 私も何か三脚の代わりになるものがないか周囲を見回しながら、一つのアイデアを思いついた。


「車の上にカメラ置くのはどうかな?」


 それを聞いて、国見君の表情がぱっと明るくなった。


「なるほど、それいいね!」


 国見君がカメラを車の上に置いて、位置を調整し始めた。私がその様子を見ていると「大月さん、ちょっとその辺に立ってもらえる?」と言われて、国見君が指した場所に立ってみた。


「お、ちょうどいいな。ありがとう」


 楽しそうにカメラの向きを微調整している国見君の姿を見て、嬉しい気持ちと同時になぜか少し胸を締めつけられるような感じがした。


 彼氏である誠への後ろめたさのせいなのか、それとも高校の頃には実現しなかった「二人で出かける」ということが、今頃になって実現しているせいなのか…。


 国見君と二人で出かけていることを素直に喜んでいいのかわからない。


「じゃあ、撮るよ」


 ぼんやり考えていると、国見君がこちらに走ってきて隣に並んだ。


 タイマー設定のしてあるカメラのライトがチカチカと点滅している。


 どれくらい国見君に近づいていいのかわからずに、とにかく笑顔でピースサインをした。左隣では国見君もピースサインをしているようだ。


 カシャという小さな音がして、カメラがシャッターをきった。


 デジカメの小さい画面で撮影した写真を確認すると、ちゃんときれいな背景を背にした笑顔の二人が写っていた。


 写真に写っている二人の間にはほんの少しの距離があり、4年という短くも長い歳月の流れを感じた。


「今頃になって二人で写真を撮るのも変だよな」


 照れくさそうに笑いながら国見君はカメラをポケットにしまった。


「高校の頃とかは写真を撮ろうって話にならなかったもんね」


「ほとんど夜に会ってたから、写真を撮るって発想にならなかったな」


 話ながら公園の端まで行くと、視界には見慣れた街の景色が広がった。少しの間、二人とも黙って穏やかな景色を眺めていた。やわらかな風の中、沈黙も気まずい感じはせず、むしろ心地よく感じた。


 誠といるときには、二人とも黙ってしまうことなどほとんどないくらい誠がいろいろ話をしてくれて、明るく楽しい時間を過ごしている。私はそんな明るくて素直な誠のことが好きになったのだ。


 しかし、こうして国見君といると私は———。

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