第65話 大月千尋 20歳 ―photograph①―
「じゃあ、行ってきます」
三が日の最終日を家でのんびり過ごしている両親に声をかけて家を出ると、穏やかな青空が広がっていた。風もなく、お正月とは思えない暖かさだ。
国見君は11時に迎えに来てくれることになっているけれど、この迷路のような住宅街の中で迷わず家に来られるかが心配で、住宅街の入り口にある交差点で待つために、少し早めに家を出た。
高校の頃にも何度か家に来てくれたことがあったけれど、4年も経てば家の正確な場所は忘れてしまっているだろう。
三が日の静かな住宅街を歩いていると、メールの着信音が鳴った。ケータイの画面には「国見青音」と表示されている。
[今から出るよ]
[ありがとう。交差点の所まで出てるね]
メールを返信して、少し胸がドキドキしているのを感じる。まさか、またこうして国見君と二人で会うことになるとは予想していなかった。
———ただ、写真を撮りに行くだけじゃないか。
自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。
今は私には彼氏もいるし、国見君からメールで[二人で写真を撮りたい]と伝えられたときはどうしようか少し悩んだけれど、きっと深い意味があるわけでもないし、たしかに二人で写真を撮ったこともなかったためオッケーしたのだ。だから、決して二人で会うことにやましさはないはずなのだが、どうしても少しドキドキしてしまう。
交差点に着いてしばらくすると、一台の車がゆっくり近づいてきた。フロントガラスに陽の光が反射して見えにくいが、目を凝らしてみると国見君がこちらに手を振っているのが見えた。
小さく手を振り返すと目の前にゆっくり停車して、助手席側の窓が開いた。
「おはよう。乗って」
国見君が笑顔で助手席を指さす。
「助手席で大丈夫?」
なんとなく一応確認してみる。
「うん、大丈夫だよ」
少し緊張しながらドアを開け助手席に乗り込むと、「交差点に出ててくれて助かった」と言って国見君が笑った。
「もしかしたら家の場所覚えてないんじゃないかと思って」
「あぁ、ちょっと自信なかったな」
「ここって迷路みたいだもんね」
話してみるとすぐに緊張が解けてきた。車が発進して「どこで写真撮るの?」と尋ねると、「お茶の丘公園でどう?」と返ってきた。
お茶の丘公園は車で5分ほどの所にある小さな公園だ。名前の通り丘の上にあって、遠くには富士山や伊豆半島が見えて、住み慣れた街を見下ろすことができる公園なのだ。
「うん、いいね。今日は風もないし、あそこなら景色もいいもんね」
「よかった。俺はあの公園が好きで、時々行くんだよ」
「そうなんだ。景色を眺めたりしてるの?」
「うん…。まぁ、なんとなくぼんやりしたり、いろいろ考えたりしている感じかな」
国見君は苦笑いを浮かべながら運転しているが、何か言い淀んでいる感じがする。
「何か悩み事とかあるの?」
「…そうだな、仕事のことでちょっとね」
「そっかぁ。もう働いてるんだもんね」
国見君の歯切れの悪い言い方に、それ以上踏み込んで聞いていいのかわからずにいると国見君が言葉を継いだ。
「一応働いてるけど、仕方なく嫌々働いてるような感じだよ」
「やっぱり仕事って大変なの?」
「仕事はそんなに大変じゃないと思うんだけど、なんだかね…。お、見えてきたよ」
国見君の言葉で前を向くと、道の先にお茶の丘公園が見えた。こんなふうに二人で車で出かけることも、お茶の丘公園に来ることも想像さえしていなかった。
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