第63話 国見青音 20歳 ―稲妻③―

 ビールを飲んで少し酔ってきたおかげか、大月さんとも少しずつまともに話せるようになってきた。


 笑顔で話している大月さんを見ていて、ふと同期の西野さんに尋ねられたことを思い出した。 


 ―――どんな人がタイプなの?


 西野さんに聞かれて、俺は「細身で身長が高い人かな」と答えたが、その時は自分でもその理由がわからなかった。


 しかし、目の前にいる大月さんを見て、答えがわかった気がした。大月さんは細身で身長が高い。


 好きなタイプを聞かれて無意識のうちに大月さんを思い描いていたのかもしれない。


 目の前で話している大月さんは高校の頃と変わらないのに、なぜ今頃になって俺は恋に落ちたのだろう。自分でも理由はわからないが、少しは精神的に成長したということなのか…。


 アルコールでぼんやりし始めた頭でそんなことを考えていると、大月さんが「ちょっと、お手洗い行ってくる」と言って立ち上がった。


 店内は狭く、大月さんが俺の脇を通ろうとしたときに少しふらつき、「ごめん」と言いながら俺の右肩に触れた。


 大月さんの右手の指先が俺の右肩に触れた瞬間、体中に電撃が走った。ほんの少し触れられただけなのに、一瞬で酔いが醒めるような衝撃の後に、嬉しさがこみ上げてきた。


 高校の頃には手をつないでもこんな衝撃を感じたことがなかったのに…。これが恋の力というやつなのか。


 大月さんがお手洗いから戻ってきてからも4人での話は盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていった。


 そろそろ帰ろうかという雰囲気になってきた頃、柳瀬さんが「あ~ぁ、私も彼氏ほしいなぁ」ともらした。


「わかる!俺も彼女ほしいよ」


 大きくうなづきながら松崎が共感している。


 柳瀬さんと松崎はそれぞれ彼氏、彼女募集中だということはわかったが、大月さんはどうなのだろう。彼氏がいるのかどうか気になるが、知ることが怖くて聞けずにいると、柳瀬さんが「うらやましいなぁ」と言いながら大月さんを肘でつついた。


「千尋の幸せわけてほしいよ」


 言われた大月さんは曖昧な笑みを浮かべている。


 柳瀬さんの何気ない一言に胸の苦しさが一層強くなり、一瞬息が止まるのを感じた。深く、底の見えない崖に急に突き落とされたような気分だった。


 柳瀬さんの言葉から察するに、大月さんは現在幸せだということだ。そして、彼氏を欲しがっている柳瀬さんが「幸せわけてほしい」と言っているということは、その幸せとはおそらく彼氏のことなのだろう。大月さんには彼氏がいるのだ…、多分。


 俺はショックを受けていることを気づかれないように、底の見えない崖下に落下しながら精一杯笑顔を作って「俺も幸せわけてほしいな」とおどけてみせた。


 しかし、大月さんが「彼氏がいる」とはっきり言ったわけではない。まだ彼氏がいないという可能性も残されていると、必死に自分を励ました。





「うわぁ、けっこう寒いね」


 柳瀬さんが慌ててコートを着ている隣で、大月さんも「外は寒いね」と言いながらマフラーに顔をうずめている。


 会計を済ませて外に出ると、年末の冷たい風が酔って火照った体に凍みた。その冷たさに、大月さんと二人で会っていた高校時代の夜を思い出した。


 ———あの頃は手をつないでたのにな…。


 希望と絶望の間で揺れる恋心を抱えたまま、解散となった。



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