第62話 国見青音 20歳 ―稲妻②―
19時少し前に居酒屋の前に到着すると、すでに松崎の姿はあったが大月さんと柳瀬さんはまだ来ていないようだった。
「お、国見!久しぶりだね」
松崎は高校の頃と変わらず元気がいい。
「久しぶり。急に誘ったけど大丈夫だった?」
「全然大丈夫だよ。むしろ誘ってくれてありがとう!」
店の前でお互いの近況を話していると、道の先から女性が二人歩いてくるのが見えた。気まずさを感じながらも二人のほうに視線を向けていると、近づいてくるにしたがって少しずつ鼓動が強く、速くなるのを感じた。
柳瀬さんと…、そして大月さんだ。
大月さんの姿がはっきりしてくるにつれて呼吸が速く浅くなり、胸が締めつけられていく。
———なんで…。
一目見ただけなのに、まだ一言も交わしていないのに、鼻の奥がツンと痛くなり視界がぼやけた。
高校の頃、俺は大月さんに恋をしていないのだと気づいてから、心のどこかで大月さんのことを気にしながらも、また新しい出会いがあり、どこかの誰かに恋をするだろうと考えてきた。
しかし、友人に女性を紹介してもらっても、別の女性と一緒に出かけてみても、心が動くことはなく、自分でもどんな人に恋をするのかわからずにいた。
今日だって、大月さんに会うのが気まずくて、ついさっきまで断ればよかったと思っていたのに、なぜこんなに胸が苦しいのだろう。
「久しぶりだね」
久しぶりに聞いた大月さんの声は、高校の頃と変わらず細く優しい声だ。髪は高校の頃よりも長くなっているが、背が高く細いスタイルも笑顔もあの頃と何も変わらない。
それなのに…。二年ぶりに会った大月さんは高校の頃とほとんど変わっていないのに、大月さんに対する俺の感情だけが、高校の頃とはまったく違っている。
変わらない大月さんの声、笑顔、眼差し…、その全てが、暗澹たる日々の暗い空を裂くような、鮮烈な稲妻だった。
大月さんに恋をしたのだ。今、この瞬間に。
「久しぶり…」
それだけ言うのが精一杯だった。松崎と柳瀬さんもいろいろと話しているが、まったく耳には入ってこない。
再会のあいさつはそこそこに4人で店に入っていき、通された座敷でテーブルを挟んで男女で向かい合う形で座った。
俺の向かいには大月さんがいる。けれど、まともに見ることもできない。松崎や柳瀬さんの話を聞いているふりをしながら、意識はずっと大月さんに向いている。
頭の中では嵐のような後悔が激しく渦巻いていた。なぜ高校の頃にもう一度付き合わなかったのか。なぜ高校の頃にこの気持ちに気づかなかったのか…。夏の神社で、夜の総合体育館で、高校最後の文化祭で、大月さんともう一度やり直すチャンスは何度もあったのに、俺はたいして気にも留めずに受け流してしまった。それでいいと思っていたし、大月さんを失うことを惜しいとも思っていなかった。
変わらない大月さんと再会することで、こんなにも後悔するなんて予想もしていなかった。
胸の苦しさはとれないまま、ビールや食べ物を注文して、4人それぞれの近況を話し合った。
松崎は高校卒業後は隣町の企業に就職して、実家から通いながら元気に働いているらしい。柳瀬さんは大学へ進学し、看護師を目指して勉強に励んでいて、現在彼氏募集中とのことだ。大月さんは岐阜の大学へ進学し、高校の頃に話していたとおり臨床検査技師を目指しているようだ。
俺も地元の企業で働いていることは話したが、毎日腹痛に見舞われることや、社員がたくさんいる所では手が震えて食事もまともにできないなどという情けない話はしなかった。というか、できなかった。
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