第61話 国見青音 20歳 ―稲妻①―

 暗澹たる日々を繰り返しながら、年末の仕事納めである12月29日。今朝もいつものように腹痛に見舞われ、一人で昼食を食べて、正体不明の苛立ちを抱えながら仕事をこなし、年末の仕事納めの日だからと言って特別な予定などなく、家に帰って今日も一日が終わろうとしている。


 電気を消してベッドに入ると、体中の力が抜けていくのを感じる。明日からは年末年始休暇に入り、1月5日までは仕事から離れることができると思うとホッとする。年末年始休暇が明けて数日経てば、次は成人式が控えている。


 年末といえば一年の出来事を振り返ったりするものなのだろうが、暗闇の中を彷徨うようだった一年を振り返る気にはなれず、瞼を閉じてまどろんでいたところでメールの着信音が鳴った。


 光っているケータイの画面を確認すると、23時45分と表示されている。 


 こんな時間に誰かと思いメールを確認すると「柳瀬志保」と表示されている。そういえば、昼過ぎに柳瀬さんから[国見、久しぶり! 明日の夜って空いてる?]と突然メールが届いて、[空いてるよ]と返したことをすっかり忘れていた。


[空いてるなら良かった! 明日、千尋と飲みに行くんだけど、よかったら国見もどう? 誰か男子をもう一人誘ってくれてもいいよ]


 メールを読みながら、少しずつ眠気が醒めていくのを感じる。柳瀬さんから飲みに誘われたことは嬉しいが、大月さんと会うのは気まずい…、気がする。しかし、大月さんとはもう一年半以上連絡はとっていないし、気まずさは薄らいでいる気もする。それに、どうせ年明けの成人式では顔を合わせるだろうから、久しぶりに会ってみてもいいような気もする。


 ———もっと気楽に構えてればいいんだよ。


 今年の春頃に西野さんとドライブしたときに、西野さんに言われた言葉が耳の奥によみがえった。


 ―――気楽に…。


 確かにそうかもしれないなとも思う。 


[明日の夜は空いてるよ。松崎も誘っていいかな?]


 なんとなく自分一人では心細い気がして、高校の頃に大月さんと柳瀬さんと一緒に弓道の練習に行った松崎を誘うことにした。


 松崎にもメールをすると、すぐに[オッケー]との返信がきた。


 明日の日中は高校時代の友人と映画を観に行く予定になっているため、柳瀬さんと松崎とのメールはそこそこにして、さっさと寝ることにした。





「けっこう渋滞してるな」


 映画を観た帰り道、ハンドルを握っている高校時代の友人がつぶやいた。


 まだ夕方の5時前だが、すでに日は暮れて辺りは夕闇に包まれている。車のブレーキランプがずっと先のほうまで続いているのが見える。


 ———柳瀬さんたちとの約束に間に合うかな…。


 柳瀬さんたちとは、19時に駅前の居酒屋に集合するということになっている。


「この時間ってこんなに混むんだな」


「まさかだったな。国見、この後用事あるんだろ?」


「あぁ…、でも遅れても大丈夫だよ」


 正直言うと、今夜4人で集まることにはやはりためらいがあるし気が乗らない。薄暗い闇の中を彷徨うような日々に飲み込まれて、大月さんのことを考えることもほとんどなかったが、今夜会うとなると急に大月さんの存在感が俺の中で大きくなり、それに比例して気まずさや不安も大きくなっている。


 断ればよかったとも思ったが、すでに松崎を誘ってしまっているし、急に断るのも柳瀬さんに申し訳ない。


 渋滞にはまって遅れて到着するくらいのほうがいいだなんて考えていたが、遠くまで続いているブレーキランプの行列も、先端のほうから少しずつ流れ始めて、予想以上に早く渋滞から抜けてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る