第55話 国見青音 19歳 ―半夜③―

 西野さんがさらりと言った。さらりとし過ぎて理解が追いつかなかった。


「…え?」


「だから、デートしようって言ってんの」


 俺が聞き返すと、少し面倒そうにもう一度言った。


「デートって、急になんで?」


「なんでもいいじゃん。もしかして国見彼女いるの?」


 西野さんに言われて、大月さんを思い出した。


 ―――そういえば、大月さんは今頃どうしているだろう。


 高校3年の文化祭で手紙をもらって以降、しばらくは大月さんのことを考えていたが、会社に就職してからは辛い毎日に飲み込まれて一気に考えることがなくなった。結局、大月さんがどこの大学に行ったのかも知らないままだ。


 西野さんに「彼女いるの?」と聞かれて、これまでの人生で唯一の彼女として大月さんを思い出したのだろうが、今となっては彼女と言えるほどの関係ではなかったように思える。


「…彼女なんていないよ」


 俺が答えると、西野さんが微笑んだ。


「そっかそっか、だったらいいじゃん。デートしようよ」


 なぜこんな軽い感じでそんなことを言えるのだろう。そう思いながらも、特に断る理由もなく「わかった」と答えると、「お、いいねぇ。それじゃ、また連絡するわ」と言って西野さんは食堂のほうに向かって歩いて行った。


 西野さんにデートに誘われても特にドキドキはしなかった。それよりも、あんなにさらりと軽やかに異性を誘えるものなのかと感心していた。


 西野さんは何を考えているのだろう。西野さんの好みのタイプは知らないが、どう考えても俺は恋愛対象にはならない気がする。


 ―――とりあえず連絡を待つしかないか。


 午後も淡々と仕事をこなして、定時を少し過ぎたところで仕事を切り上げた。ロッカーで着替えをしていると、他の部署の数人が入ってきたが、誰も俺には話かけないし、俺も声をかけたりしない。ロッカーからも職場からも一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られながら、さっさと着替えを済ませて保全管理棟を出た。


 駐車場に向かって歩いて行くと、少しずつ体中から力が抜けていくのがわかる。


 ―――いつまでこんな毎日を繰り返すのだろう。


 そんなことを考えながら車に乗り込むとほっとした。


 入社してすぐから仕事を辞めたいと考えるようになっていたが、今日も一日が終わり、本気で辞める勇気もないまま一年が過ぎてしまった。





 風呂から上がり、自分の部屋で特に興味もないテレビをぼんやりと見ていると、メールの着信音が鳴った。ケータイを確認すると西野さんからだ。


[お疲れ! 土曜日の10時に迎えに行くからよろしく。寝坊厳禁だぞ!]


 こちらの希望が聞かれることもなく、西野さんらしいメールだった。


[お疲れ。 了解、よろしく!]


 メールを返信したが、一つ疑問が浮かんだ。西野さんは晴れでも雨でも大きなアメリカンバイクに乗っているが、車も持っているのだろうか…。ケータイで天気予報を見ると、明後日の土曜日の天気は雨の予報だった。


 ―――まさか、バイクで迎えに来るのか…。


 気になったが、あえて西野さんに聞くのはやめた。





[おはよう! ごめん。雨でバイクの二人乗りはきついから、迎え来てもらってもいい?]


 土曜日の朝7時過ぎにメールの着信音が鳴り、西野さんからメールが届いて、意外と早起きなんだなと思った。


 やはりバイクで迎えに来るつもりだったらしい。[いいよ]と返信をすると、すぐに住所が送られてきた。住所の場所を確認すると、家から15分程度の場所であった。


 これから西野さんと出かけることに対してドキドキするような感じはないが、妙な緊張感はある。急に誘ってきたが、何を考えているのかさっぱりわからない。誘われた理由を考えながら朝食を食べ、身支度を整えているうちに出発の時間になった。


 雨が降る中、遠くまで田んぼが広がる景色の中を車で走って行くと、「300m先、目的地周辺です」とカーナビが告げた。


 ちょうど300mほど先に、木と塀で囲まれた大きな平屋の家が見えてきた。もはや家というよりも屋敷と言ったほうがしっくりくる。


 ―――まさか、あそこじゃないよな。


 そう思いながら近づいていくと、カーナビの目的地は確かに屋敷になっている。車のスピードを落として門の前をゆっくり走ると、表札には「西野」と書かれていて、門の奥には数台の車とバイクが見えた。


 ―――ここか!



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