第50話 大月千尋 19歳 ―新たな季節③―

「うん、明後日は特に予定ないよ」


 高宮君に尋ねられ、今度は迷わずに答えた。


「マジか!だったら、一緒にごはんでも食べに行かない?」


 一瞬もためらうことなく、高宮君が言った。


「二人でってこと?」


「もちろん!二人じゃ嫌?」


 高宮君はまっすぐだ。これはデートに誘われているってことだろうか。それとも、ただ友達として誘ってくれているのだろうか。


 どちらにせよ、あまり深く考えすぎないようにしようと思った。


「ううん、嫌じゃないよ」


「じゃあ決まりってことで!詳しいことはメールで決めよう」


「あ、うん、わかった」


「それじゃあ、また連絡するよ」


 高宮君の勢いに圧倒されながら会話は終わり、忘年会も終わった。


 二次会へ行く人たちもいるようだが、私と凪咲ちゃんはアパートがすぐ近くなので、一緒に歩いて帰ることにした。


 忘年会が楽しくて盛り上がったせいか、高宮君からの思いがけない誘いのせいか、歩きながら胸が少しドキドキしているのがわかる。


「千尋ちゃん、さっき高宮君と話してたのちょっと聞こえたけど…。もしかしてデートの約束?」


 興味津々といった様子で凪咲ちゃんが顔をのぞきこんでくる。


「えっと、デートっていうか…、ごはん食べに行こうって」


「うわぁ、いいなぁ。つまりデートじゃん。私より先に千尋ちゃんに彼氏ができちゃいそうだなぁ」


 夜空を見上げながら凪咲ちゃんが言った。


「彼氏って…。まだわからないよ、ごはんに誘われただけだし」


「うぅ、誘われるだけいいじゃないか…。私なんて誰からも誘われることさえないんだぞぉ」


 凪咲ちゃんが泣き真似をしている。


 私は背中をさすりながら「まだまだこれからだよ」と励ました。


 そのとき、不意に国見君のことが頭に浮かんだ。国見君は今頃どうしているのだろう。彼女がいたりするのだろうか。社会人として働いているはずだが、どこの会社に勤めているのかさえ知らない。


 高校3年のときに手紙を渡して以来、私は国見君のことをあまり考えないように意識してきた。しかし、ふとしたときにどうしても考えてしまう。そんなときには連絡をしたくなることもあるけれど、また国見君の存在感が強くなってしまいそうで連絡はしなかった。


 今でも国見君のことが気になることがあるけれど、岐阜の夜空を眺めていると、どこか遥か遠い場所の出来事のような感じがして、高校生の頃のような切実さは薄れていることに気がついた。





[昨日はお疲れ様! 明日のことなんだけど、大月さんはどこか行きたい店とかある? もし特になければ、俺が決めるけど]


 朝、起きてケータイを確認すると高宮君からメールが来ていた。ベッドから出て上着を羽織り、小さなこたつに入ってもう一度メールの内容を確認する。


[おはよう。昨日はお疲れ様。私はどこでも大丈夫だから、任せてもいいかな?]


 返信してからポットでお湯を沸かして、朝食の準備をする。


 今日は凪咲とお昼を食べに行く約束があるので、朝食は軽く済ませることにした。食べ終えてからケータイを確認すると、高宮君から返信が来ていた。


[オッケー!まかせて!オススメの店があるから、一緒に行ってみよう。11時頃に迎えに行こうと思うけど大丈夫?]


[ありがとう、11時で大丈夫だよ。オススメのお店、楽しみにしてるね]


 すぐに返信をして、アパートの住所も伝えた。高宮君とのメールでは驚くほど軽やかにやりとりが進んでいく。


 自然に口元がほころんでしまい、ドキドキしているのがわかる。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。


 こたつで一人ニヤニヤしていると、凪咲ちゃんかメールが来た。


[おはよう!明日の高宮君とのデートに浮かれてニヤニヤしてない? 今日は私との約束があるんだからね!笑]


 まるで、どこからか私の様子を見ているかのような内容に驚いた。


[おはよう。浮かれてないし、ニヤニヤもしてないよ…、多分]


 返信をすると、間を置かずに凪咲ちゃんからメールが返ってきた。


[うわぁ、ぜったい浮かれてるよ。11時過ぎくらいにそっち行くからねぇ]


[わかったよ。待ってるね]


 11時までまだ一時間以上あるが、返信をして支度をすることにした。


 凪咲ちゃんとはいつも行っているカフェでランチを食べて、飲み物やデザートを注文しながら夕方まで話し続けた。凪咲ちゃんと出かけるときは、だいたいいつもこのパターンなのだ。


 大学のことや勉強のこと、恋愛のことなんかを話しているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまう。このカフェに来るようになったばかりの頃は、6時間近くカフェに居座ることに罪悪感を感じたりしていたが、凪咲ちゃんが想像を遥かに超えるほどたくさん食べるので、今では罪悪感を感じることなく過ごすことができている。


 凪咲ちゃんとの別れ際に「明日楽しんでねぇ」と軽く背中を叩かれた。



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