第47話 国見青音 35歳 ―冬―

 高校時代の思い出話をしている間に、電車は豊橋駅に到着した。ここで8番線から5番線のホームに移動して、特別快速の大垣行きの電車に乗り換えなければならない。


 階段を降りていくと、5番線のホームにはすでに大垣行きの電車が止まっていた。電車に乗り込もうとすると、大月さんが肩をつついてきた。


「あ、ちょっと待ってて。飲み物買ってくる」


 大月さんはそう言って、行き交う人の間を縫うように自動販売機に向かって歩いて行った。


 電車の入り口で待っていると、飲み物を買った大月さんが戻ってきた。


「ごめん、お待たせ。どこか席空いてるかな?」


「…あぁ、まだけっこう空いてそうだよ」


 電車に乗り込んでみると、意外と席は空いていた。先ほどまで乗っていた電車とは違い、この電車は進行方向を向く形で二人掛けの席が左右に並んでいる。


「ここでいいかな」


 そう言いながら大月さんが窓際の席に座り、俺は少し戸惑いながら通路側の席に座った。当たり前のように隣の席に座ってしまったが、よかったのだろうか。


「意外と混んでないんだね」


 周囲を見回しながら大月さんが言う。


「そうだな、まだ8時過ぎだから早い時間は混まないのかもな」


 いくつもの空席を残したままドアが閉まり、電車が走り始めた。


「えーと、さっきなんの話してたんだっけ…」


「高校3年の文化祭で俺が手紙をもらって、ブルーな気分になってたって話かな」


「あ、そうそう。手紙とか、今思うとなんだか恥ずかしいね」


 照れくさそうに大月さんが笑う。


「あの手紙はずっと捨てられなかったんだよなぁ」


「え、まさかまだ残ってたりしないよね?」


 少し驚いた様子でこちらを見るが、「さすがにもうないよ」と答えると「あぁ、良かったぁ」と安心したように背もたれに寄りかかった。


「高校のときもけっこう頑張ってアプローチしたんだけど、ことごとくダメだったよね。総合体育館で話したときにははっきり『無理』って言われちゃったし」


「ああ、あの時はかなりはっきり言ったよなぁ。ごめん。たぶんクリスマスの頃に大月さんにフラれて以来、トラウマになってたんだな」


 わざとからかうように言ってみた。


「えぇ、そうだったの? ごめん…」


「冗談だよ。ただ、高校生になっても恋愛がよくわからなくてさ、自分の気持ちに自信がなかったんだよな。それに、大月さんが県外の大学に行くって聞いた時点でダメだと思ってたな。当時は岐阜とか埼玉がすごい遠い場所に感じられたし、遠距離なんて絶対無理だと思ってた。当時の行動範囲なんて電車で30分以内くらいの場所だったもんな」


「まぁ、そうだよね。私も県外に行くってことが想像つかなかったし。でも、私はあの頃『好きだ』っていう気持ちに自信があったから、遠距離でもなんとかなるかなって考えてたなぁ」


 前向きな考えをしていた大月さんに比べて、当時の俺はいつも後ろ向きな考えばかりをしていたのだ。


「俺はいろいろ考えすぎてたな。どこにデートに行くとか、どんなことをして過ごすとか…、自分から誘ったり行動したりした後に、大月さんに否定されたり嫌われたりしたらどうしようって自分のことばかり考えてたよ。今ならそんなことで悩むなんてことはないだろうけど、当時はすごい考えて悩んで、挙句の果てには悩んでいることが嫌になって、大月さんから逃げたんだと思う」


 過去の自分を振り返ると、大月さんに比べて精神的に幼かったなと思う。俺はいつでも自分のことばかり考えていたことを痛感する。


「そうだったんだねぇ。今にして思うと、私たちってつかず離れずな変な関係だったよね。でも、地元が一緒だと、離れてもまたすぐ会える気がしてたんだよね」


「そうだな。近づいたり離れたりしても、結局はなんだかんだいつも近くにいるような気がして、勝手に安心してたのかも」


 お互いの顔を見て苦笑いした。


 走り続ける電車に揺られながら、短い間二人とも黙り込んだ。


 当時のことを、こんなふうに大月さんと話す日がくるなんて想像もしていなかった。


「…大月さんは、大学時代はどんな感じだったの?」


 大学に行ってからの大月さんのことを知りたいのか、知りたくないのかは自分でもよくわからない。


 高校を卒業してからも、たまに二人で会うことはあったが、大学での生活を詳しく聞いたことはなかった。


 俺の知らないところで大月さんは成長して大人になっていき、新たな出会いもあり恋もしただろう。そう思うと、大月さんの大学時代を知ることが怖い気もするが、どんな恋をしたのか、どんなふうに過ごしてきたのかを知りたい気もした。


「大学時代かぁ」


 そう言って、大月さんは窓の外に目を向けた。

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