第45話 国見青音 17歳 ―your letter②―

 聞き覚えのある優しく細い声に顔を上げると、大月さんと柳瀬さんがいた。


「…あ、えっと」


 目の前に現れた二人に動揺して一瞬言葉を見失った。


「一回100円だけど…、やる?」


 二人に問うと、柳瀬さんが「ううん、手が空いたら声かけて。廊下で待ってるから」とだけ言って、また二人で廊下に出て行った。


 二人に会うのは一年前に総合体育館で一緒に弓道の練習をして以来だった。静まり返った総合体育館の廊下での告白に「無理だ」と言って断り、それ以来大月さんとは連絡をとっていなかった。


 二人に呼び出された理由は定かではないが、雰囲気からしてあまり良い予感はしなかった。


 受付係の交代の時間まで残り15分。その間も次々とやってくるお客さんの対応をしながら、廊下で待っているであろう二人のことが気になる。


 壁掛け時計が12時を示した。受付係の交代の時間となり廊下に出ると、大月さんと柳瀬さんが待っていた。


 二人の方に歩いていくと、柳瀬さんは小さな声で大月さんに何か言い残し、どこかへ歩いて行ってしまった。


「ごめん、お待たせ」


「大丈夫だよ。受付のほうは大丈夫?」


「ああ、12時で交代の時間だから」


「それなら良かった」


 大月さんの顔にはうっすら笑みが浮かんでいるが、どことなく悲しそうなようにも見える。


 大勢の人が行き交う廊下の中で、俺と大月さんの時間の流れだけがゆっくりになっているように感じた。


「久しぶりだね。どうしたの?」


「うん…」


 そう言って大月さんは俯いて黙ってしまった。


 やはり良い予感はしない。


「何かあった?」


 俺が問うと、大月さんは肩にかけていたバッグから何かを取り出した。


「これ…、手紙を書いたから、家に帰ったら読んでほしくて」


 俯き加減で手渡してくる。


「手紙…。うん、わかった」


 手紙を受け取ると大月さんが顔を上げた。


「じゃあね、国見君」


 先ほどと同じ、小さな微笑みの中に悲しさ混じっているような、そんな表情だった。今まで何度も繰り返してきた何気ない別れの瞬間であるはずなのに、大月さんの「じゃあね」の言葉と、こちらを見つめる眼差しには、俺に有無を言わせない力がこもっているように感じた。


「あぁ…、じゃあまた」


 歩き去って行く大月さんの背中を眺めながら、俺は馬鹿みたいに突っ立っていた。





 高校最後の文化祭も無事に終わり、クラスメイトたちは近くのファミレスで打ち上げをしようと盛り上がっていたが、俺は大月さんからの手紙も気になっていたため帰ることにした。


 自転車に乗っている間も、手紙を受け取ったときの大月さんの表情が頭から離れなかった。あのまっすぐな眼差しが脳裏に焼き付いている。


 家に着くと、すぐに自分の部屋に行きポケットから手紙を出した。


 外国の少女の横顔が描かれた明るいセピア色の封筒を開けると、中には二つ折りになった2枚の便箋が入っている。


 なぜか、読むのが少し怖い気がした。



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